南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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『共産主義黒書』

投稿者: giro_tama 投稿日時: 2004/08/05 16:24 投稿番号: [5796 / 29399]
内戦期(一九二七〜四六年)の初期、中国共産党は農村地帯にソヴェトを形成したが、ここではスターリンの大粛清に時間的にも先行するテロルが実施された、という。「いくつかの評価によれば、江西省だけでも一八万六千人が、戦闘による死者を除いて、犠牲になった。」。反革命派や地主に対する「報復カニバリズム」(その心臓や肝臓を食う)も人民裁判で行なわれた、という。浮浪者や無法無産の若者などを多く含んで都市から来た赤軍と農民出身の地元党員との間の矛盾の激化を背景に、AB団(反ボリシェヴィキ集団)等の形成とそれに対する血の弾圧などもおこつた。バラ色に描かれた中国革命の道も、無数の犠牲者の血に彩られていたのである。

根拠地時代から革命後にかけて強行された土地革命と都市の粛清も、すさまじい規模の人命を犠牲にして進められた。住民はいくつかの階級に区分され、厳しい差別がのちの世代まで続いた。「地主」と規定された者は、すべてを没収され、多くの場合人民裁判に付されたが、その基準は多くの場合あいまいかつ恣意的であって、貧農に憎まれた富農や中農もその犠牲になったのは、ロシアのクラーク狩りと共通している。土地改革での犠牲者数については、最低で一〇〇万人、大多数の研究者は二〇〇万〜四〇〇万人という数を挙げている、という。都市では一連の「大衆運動」を組織しながら、住民のさまざまな層をそのうちに組み入れてゆく「サラミ戦術」(サラミを薄く切るように少しづつ小さな要求を受け入れさせながら、最終的に目的を達する戦術)が採用されたが、この間に強力な保安機関が整備されている。一九五〇年には、五五〇万人の民兵と一二〇万人の要員を持つ保安機関が全国に配置された。五〇年から始まった「三点運動」、「五点運動」、「思想改造運動」等のなかで、多数の住民が逮捕され、処刑された。「上海」ではある夜一夜で三千人(四カ月で三万八千人)が逮捕され、北京では一月に二二〇人が死刑の判決を受け、ただちに公開処刑された。……五七年には毛沢東自身がこの期間(四六〜五七年)に八〇万人の反革命派が処刑された、と語った。」


五九年から六一年にかけておこつた大飢饉は、毛の幻想的な「大躍進」・人民公社キャンペーンがひきおこした人為的災害であったが、(本誌三五六号で紹介した川口孝夫氏の著書は、この時期の川口氏自身の体験を語っている)マルゴランは、J・ベッカーの最新の研究などにもとづき、この災害の犠牲者総数を、中国当局自身が八八年以来半公式に称している二〇〇〇万人から四〇〇〇万人の間と推定している。規模についてはなお不明であれ、まさにこれは短期間におこった人類史上最大の人為的飢饉であったことは間違いない。


http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/nakano4.htm
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