参考までに!ウキペディア辞典より
投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/08/02 06:33 投稿番号: [5713 / 29399]
事件の概要
1937年7月29日、北平(現在の北京市)の東約12kmにあった通県(現在の北京市通州区北部)におかれた日本のかいらい政権「冀東防共自治政府」の首都通州など華北各地の都市で約3000人の冀東政府保安隊(中国人部隊)が日本軍留守部隊約110名と蘆溝橋事件の余波で避難していた婦女子を含む日本人居留民(当時、日本支配下だった朝鮮出身者を含む)約420名を襲撃し、通州特務機関は全滅、約230名が殺害された。事件の原因は、日本軍機が華北の各所を爆撃した際に、通州の保安隊兵舎をも誤爆したことの報復であるとされる。この時に日本軍は公式に謝罪をし、保安隊側も了承していた。一般的には南京政府に呼応した抗日蜂起であると看做されている。
[編集]
陰謀説
一部で「中国共産党が日本と中国国民党との和平を妨害する目的で行った」という共産党陰謀説も唱えられている。
[編集]
影響等
「通州虐殺事件」、「第二の尼港事件」とも言われる。その後日本に対し賠償が行われ事件は解決した。殺され方が極めて残虐であったとされ、日本は対中感情を大きく悪化させた。日本の世論は深層心理にあった中華文化への憧れから対中強硬世論へ変わったとされる。日本政府は日中戦争(支那事変)を遂行するにあたり、この事件を心理的に利用した。
日本軍留守部隊との交戦の後の惨殺か?
未だに精神的に利用されている人達がいるのですね。
驚きますね!
これは メッセージ 5710 (chicken_noodle_36 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5713.html