ベトナムの枯葉剤は
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/03/12 20:11 投稿番号: [4588 / 29399]
日本製だったかもしれない・・・
と言う情報が来ましたが・・真相は? ↓
69年7月23日、衆議院外務委員会において、楢崎弥之助氏(社会党)が「三井東
圧化学大牟田工業所は、2,4,5-T ないし 2,4,5-TCP(2,4,5-Tの原料)をつ
くっている。」さらに「ベトナム戦争で大量に使用された枯葉剤も三井東圧化学
大牟田工業所で生産されたものではないか?」と調査を要求しました。なんと、
ベトナムだけでなく参戦国の兵士にも甚大な被害をもたらした「あの」ダイオキ
シンを含む枯葉剤が実は日本製ではないかというのです。
彼は次のように続けます。「三井化学大牟田工業所では、2,4,5-Tないし2,4,5-
TCPの製造過程で爆発事故があり68年1月から7月までの間に、約30人が被災、
皮膚炎や肝臓障害を起こし、現在も被害者が続出している。これらの薬剤は1967
年の終わりから急につくられるようになったが、市販されておらず、秘密工場の
ような状態で操業している。
工員はガスマスクをして生産にあたっている。」林
野庁に 2,4,5-T が納入されたのは67年からで、製造時期と一致しています。楢
崎氏の調査によると、2,4,5-Tの輸出先はカナダ、オーストラリアになっていた
そうです。
米軍の枯葉剤散布(枯葉作戦)は62〜71年で、特に激しかったのは68〜70年でし
た。
そこで彼は、1967年4月の米誌「ビジネス・ウイーク」が「米軍がアメリカ
の生産能力の四倍の 2,4,5-T を要求」と報道したことをとりあげ、要求理由は
米軍が枯葉作戦でベトナムに使うためであり、この時期に、三井東圧化学大牟田
で秘密裏に製造し始めた 2,4,5-T は当然ベトナム向けではないのか。」と政府
に詰め寄りました。
それに対し、下村孟厚生省薬務局参事官は「調べられる限りは調査をいたしまし
て、御報告申し上げます。」と答えただけで、その後、楢崎氏に報告されること
はありませんでした。
米軍が枯葉作戦を展開していた時期、日本では大量のPCP(除草剤で、2,4,5-
TCPの廃液からも合成可能)が製造されていました。米軍の枯葉剤総使用量約
7万トンに対して、国内のPCP総生産量約14万トン。枯葉剤が使用された期間
のできごとを列挙します。
61年 三西化学(三井化学子会社)荒木工場でPCPの生産開始。住民・
従業員被災(73年にダイオキシン被害として会社を提訴)
62年1月 米軍枯葉剤散布
63年3月 枯葉剤の成分が 2,4-D、2,4,5-Tの除草剤と判明。
64年9月 2,4,5-T 除草剤が農薬登録。試作研究前進?
64年 枯葉剤メーカー・ダウケミカル社で 2,4,5-T による従業員の職業
病が多発。
65年3月 ダウの本拠地ミッドランドで 2,4,5-T メーカーによるクロロアク
ネ、肝臓障害などの職業病の対策会議開催。
65年〜66年 ダウ社は囚人による 2,3,7,8-TCDD の人体実験を決行、その毒
性を確認。さらにダウ社は西独企業より毒性情報を入手。
65年 自社の 2,4,5-T 製品中のダイオキシンを1ppm以下の含有量にする
製法に変更。http://city.hokkai.or.jp/~hotta/diox-ct.html
国産PCPもなぜかこの年以降の製品中のダイオキシンの含有量が
劇的に減少しています。
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak51_55.html
67年 米軍はベトナム戦争の戦局打開のため、枯葉作戦の大規模化を画策、
ダウ社などに生産量の4倍の枯葉剤を発注。
68年〜 三井化学は 2,4,5-T を「秘密裏に」(楢崎氏談)製造し、国内向
けはなぜか全量林野庁に納入、国有林での空中散布を再開。
70年以降 ベトナム帰還兵に異常が続出、枯葉剤や不純物のダイオキシンが原
因とみられ、71年に枯葉作戦中止、日本でも使用禁止。
73年2月 三井東圧化学が下請従業員に対し無許可でPCPや 2,4,5-TCP
(2,4,5-TCPの原料)の皮膚貼付試験(人体実験)実施。
(73年4月3日衆議院社会労働委員会で追求)
農水省がPCP中に「有害」ダイオキシンの存在を認めたのは99年7月、さらに
PCPの回収命令が出されるのはさらに遅れて2002年4月でした。
http://www.mitsui-chem.co.jp/whats/020412
と言う情報が来ましたが・・真相は? ↓
69年7月23日、衆議院外務委員会において、楢崎弥之助氏(社会党)が「三井東
圧化学大牟田工業所は、2,4,5-T ないし 2,4,5-TCP(2,4,5-Tの原料)をつ
くっている。」さらに「ベトナム戦争で大量に使用された枯葉剤も三井東圧化学
大牟田工業所で生産されたものではないか?」と調査を要求しました。なんと、
ベトナムだけでなく参戦国の兵士にも甚大な被害をもたらした「あの」ダイオキ
シンを含む枯葉剤が実は日本製ではないかというのです。
彼は次のように続けます。「三井化学大牟田工業所では、2,4,5-Tないし2,4,5-
TCPの製造過程で爆発事故があり68年1月から7月までの間に、約30人が被災、
皮膚炎や肝臓障害を起こし、現在も被害者が続出している。これらの薬剤は1967
年の終わりから急につくられるようになったが、市販されておらず、秘密工場の
ような状態で操業している。
工員はガスマスクをして生産にあたっている。」林
野庁に 2,4,5-T が納入されたのは67年からで、製造時期と一致しています。楢
崎氏の調査によると、2,4,5-Tの輸出先はカナダ、オーストラリアになっていた
そうです。
米軍の枯葉剤散布(枯葉作戦)は62〜71年で、特に激しかったのは68〜70年でし
た。
そこで彼は、1967年4月の米誌「ビジネス・ウイーク」が「米軍がアメリカ
の生産能力の四倍の 2,4,5-T を要求」と報道したことをとりあげ、要求理由は
米軍が枯葉作戦でベトナムに使うためであり、この時期に、三井東圧化学大牟田
で秘密裏に製造し始めた 2,4,5-T は当然ベトナム向けではないのか。」と政府
に詰め寄りました。
それに対し、下村孟厚生省薬務局参事官は「調べられる限りは調査をいたしまし
て、御報告申し上げます。」と答えただけで、その後、楢崎氏に報告されること
はありませんでした。
米軍が枯葉作戦を展開していた時期、日本では大量のPCP(除草剤で、2,4,5-
TCPの廃液からも合成可能)が製造されていました。米軍の枯葉剤総使用量約
7万トンに対して、国内のPCP総生産量約14万トン。枯葉剤が使用された期間
のできごとを列挙します。
61年 三西化学(三井化学子会社)荒木工場でPCPの生産開始。住民・
従業員被災(73年にダイオキシン被害として会社を提訴)
62年1月 米軍枯葉剤散布
63年3月 枯葉剤の成分が 2,4-D、2,4,5-Tの除草剤と判明。
64年9月 2,4,5-T 除草剤が農薬登録。試作研究前進?
64年 枯葉剤メーカー・ダウケミカル社で 2,4,5-T による従業員の職業
病が多発。
65年3月 ダウの本拠地ミッドランドで 2,4,5-T メーカーによるクロロアク
ネ、肝臓障害などの職業病の対策会議開催。
65年〜66年 ダウ社は囚人による 2,3,7,8-TCDD の人体実験を決行、その毒
性を確認。さらにダウ社は西独企業より毒性情報を入手。
65年 自社の 2,4,5-T 製品中のダイオキシンを1ppm以下の含有量にする
製法に変更。http://city.hokkai.or.jp/~hotta/diox-ct.html
国産PCPもなぜかこの年以降の製品中のダイオキシンの含有量が
劇的に減少しています。
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak51_55.html
67年 米軍はベトナム戦争の戦局打開のため、枯葉作戦の大規模化を画策、
ダウ社などに生産量の4倍の枯葉剤を発注。
68年〜 三井化学は 2,4,5-T を「秘密裏に」(楢崎氏談)製造し、国内向
けはなぜか全量林野庁に納入、国有林での空中散布を再開。
70年以降 ベトナム帰還兵に異常が続出、枯葉剤や不純物のダイオキシンが原
因とみられ、71年に枯葉作戦中止、日本でも使用禁止。
73年2月 三井東圧化学が下請従業員に対し無許可でPCPや 2,4,5-TCP
(2,4,5-TCPの原料)の皮膚貼付試験(人体実験)実施。
(73年4月3日衆議院社会労働委員会で追求)
農水省がPCP中に「有害」ダイオキシンの存在を認めたのは99年7月、さらに
PCPの回収命令が出されるのはさらに遅れて2002年4月でした。
http://www.mitsui-chem.co.jp/whats/020412
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.