元皇軍関係者の証言
投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2003/12/17 23:14 投稿番号: [4091 / 29399]
インドネシアのアンボン島では、戦況が悪化したために「日本人慰安婦」らを帰国させて慰安所を閉鎖したが、再び慰安所を設置することを決めた、
海軍が計画し、地元女性を強制して「慰安婦」にした。
1945年の事である。
海軍特別警察隊(憲兵に当たる)の将校の証言から・・・
(禾晴道「海軍特別警察隊」太平出版社)・・・
(副官の大島主計大尉)・・「司令部の方針としては、
***多少の強制があっても、できるだけ多く集める
こと、そのためには宣撫用の物資も用意する。いまのところ集める場所は、海
軍病院の近くにある元の神学校の校舎を使用する予定でいる。
集まってくる女
には、当分の間、うまい食事を腹いっぱい食べさせて共同生活をさせる。その
間に、来てよかったという空気をつくらせてうわさになるようにしていきたい。
そして、ひとりひとりの女性から、慰安婦として働いてもよいという
***承諾書を
とって、自由意志で集まったようにすることにしています」
「特警隊なら通訳もいるし、おどしもきくから(女集めを)どうか」
これに対し、特警隊の禾(のぎ)晴道中尉は「治安維持を任務としている
特警隊の信頼はまったくなくなる」ことを理由に、
「特警隊は協力することはできます。女性のリストをつくり現地人の警察隊
とか、住民のボスを利用して、反感が直接日本軍にくることを防ぐ必要があり
ます」
と述べて、この任務を逃れました。
結局、「慰安婦」集めは民政関係の現地人
警察を指導している政務隊におしつけられ、副官が中心になり、特警隊は協力
し、各警備隊・派遣隊もできるだけ候補者のリストをだして協力することにな
りました。
そうやって政務隊が「女集め」をしましたが、その後のエピソードを、担
当の司政官が禾中尉に戦後、次のように語りました。
「あの慰安婦集めには、まったくひどいめに会いましたよ。サパロワ島で、
リストに報告されていた娘を強引に船に乗せようとしたとき、
いまでも忘れら
れないが、娘たちの住んでいた部落の住民が、ぞくぞくと港に集まって船に近
づいてきて、娘を返せ!
娘を返せ!
と叫んだ声が耳に残っていますよ。
こぶしをふりあげた住民の集団は恐ろしかったですよ。思わず腰のピスト
ルに手をかけましたよ。敗れた日本で、占領軍に日本の娘があんなことをされ
たんでは、だれでも怒るでしょうよ」
他にもいろいろありますよ、強制の証言が。日本人が証言しています。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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