もし南京市民が歓迎していたら・・・
投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2003/11/13 19:26 投稿番号: [3322 / 29399]
「ぼちぼち」アホ理論も粉砕されて、当たり前だが反論があるはずもないが、それでも万が一「南京市民が旗を振って歓迎していたら・・・」というあらぬ妄想が起きなように、以下の事実を、だめ押しで紹介しておこう。
そういえば石川達三が『生きている兵隊』で嬉しそうに書いていた。【兵たちは良い気持であった。無限の富がこの大陸にある。そしてそれは取るがままだ。このあたりの住民たちの所有権と私有財産とは野生の果物のように兵隊の欲するがままに解放されはじめたのである。】
愚劣な侵略軍が「糧は敵による」作戦をとれば、当然、略奪・放火・強かん・虐殺はありふれたものになる。
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南京市近くの句容市近くの村光里郷・後本湖村でのこと
本多勝一『南京への道』朝日文庫より
・・・父は殺されていた。あとで分かった状況は、村人たちの抱いていた「東洋鬼」像がまだ甘かったことを示すものだった。村では日本軍の接近にそなえ、30人からなる一種の自治組織をつくり、平和に迎え入れるための準備をしていたのである。
いよいよ日本軍がはいってきたとき
この30人は村の入り口に並んで出むかえた。ところがすぐに全員逮捕され、一室に監禁された。村を捜索した日本兵たちは、張さんの父親や叔父(父の弟)を含む14人を狩りだしてきて、30人と同じ一室に監禁した。合計44人が監禁された家をとりかこんだ兵隊たちは放火して、逃げ出すものがあると射殺した。
煙にまぎれて逃げ出した喪のが4、5人いたが、次々と殺された。万仁勝という名の青年が1人だけ、弾雨をふりきって逃げることに成功した。万仁勝は上海にまだ健在だという。
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これは メッセージ 3321 (syoumenkyousi さん)への返信です.
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