戦後補償問題、焼け出された人は・・・
投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2003/11/12 20:54 投稿番号: [3313 / 29399]
軍人恩給には毎年1兆円以上出すが、一般市民への補償についてはヒバクシャ以外は何もしなかった。東京大空襲で皇居を狙ってはいけないと指令がでていたようだが(注:
一人奇特な兵士がいたようだが・・・)。【上陸した将兵の目には、アメリカの空襲のやりかたに特異な傾向があったことも見て取れた。たとえば、首都のなかでも貧民層の住居や小規模な商店街や町工場は徹底的に破壊さていたのに、高級住宅街の金持ちのたちの家は多くが焼けずに残っており、占領軍の将校たちを収容するのにおあつらえむきになっていた。(注・ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』より】
貧乏人は焼き出されても国家は無視し続けた。軍事装置である靖国神社、多額な軍人恩給、天皇と並べてみれば、戦後になってもカルト国家日本の底意は丸見えだ。国家の奴隷である兵士はそれなりにもてなし、死んだら天皇が慰めてあげる、ああ気持ち悪い(笑)。小泉は知覧で嘘涙を流す。そうだ小泉家は80年以上戦争で食ってきた。奴隷兵士は飯の種。靖国には死んでも参る(笑)。それが小泉家の稼業でござる。
なんとアホらしい世の中だこと。
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以下、田中伸尚『さよなら「国民」』(一葉社)より―─
こうした戦後補償のあり方に最も早く異議を唱えたのが名古屋空襲で左の眼球を潰された杉山千佐子である。東京や大阪に先がけて1972年に全国戦災者連絡会を結成し、被害の実態調査と民間人戦争被害者のための援護法の制定運動を始めた。杉山さんのエネルギッシュな運動が実って翌73年6月には社会党の須原昭二参議院議員が戦時災害援護法を議員提案した。
・・・中略・・・
6月26日の参院社会労働委員会で須原議員は、提案理由の中で西ドイツの例をあげて法制定の必要性を次のように述べた。
「同じ敗戦国である西ドイツでは、昭和25年に戦争犠牲者の援護に関する法律(戦争犠牲者援護法)を制定し、公務傷病と同視すべき傷病をきわめて広範に規定いたしたため、援護の手は一般市民の犠牲にまで行き届き、その対象は、実に415万人にものぼっています」
・・・中略・・・
だが法案は廃案。・・・中略・・・いやそればかりか、実は敗戦前に民間の戦災被害者保護を目的にした戦時災害保護法というのがあったのさえ無視された。
・・・・
一般市民は、国との身分関係がないから補償の対象にしない、生活に困れば社会保障政策でやるというのである。別言すれば、戦後政府の戦後補償は、戦争への協力、つまりは軍人優先の面からやるというのである。
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これは メッセージ 3293 (syoumenkyousi さん)への返信です.
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