書き方が悪かったけど。
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2003/09/08 14:55 投稿番号: [2957 / 29399]
>>だから、当時は事実上の公娼に関する法律「貸し座敷娼妓取締り規則」があった。
>>これは
1、本人の自筆承諾書
2、廃業の自由
3、外出の自由、通信の自由ほか。
>>しかし、「軍慰安所」はこれらも守ってない。
上記で、私が言いたかったことは、彼女たちは「公娼ではない」といいたかったのですよ。
公娼の要件
1、自筆承諾書
2、貸し座敷という警察に許可された場所での、営業(と言っていいかな?)
「従軍慰安婦たち」は、この2点を満たす証拠がない。
そして、「公娼」ならば、
1、廃業の自由
2、外出、通信の自由など
が保障されなくてはならなかった。
しかし、これらも、守られなかった。
>①登録義務は誰にあったのかい? 違反すれば、罰せられたのは誰?
登録義務は「女性」ですか?
でも登録のない女性に「座敷」を貸せば「貸し座敷業者」も処罰されるでしょう?
たしか、「百円以下の罰金」とか、だったかな?
間違ってたら、訂正してください。
でも、元慰安婦たちは「公娼」じゃないからね。
>②廃業を申し出て(「軍慰安所」に)拒絶された例をご存知なのか?
はあ?
だから、公娼じゃないから「廃業」じゃなくて、「泣いて帰りたい」と憲兵
などに訴えたり、「逃亡を図ってリンチをうけたり」してますよ。
意のままに故郷に帰れた女性が居るんですか?
「軍慰安所」から。
>③「外出の自由がない」のに、支那マーケットにいって、ワ二皮のハンドバッグや靴を買ったり出来たんだ?
ああ、これは、「文さんの、ラングーン時代」のことですね。
彼女の「楯師団の慰安婦だった私」には、たしか、「許可を受けて、週一回か、月一回外出できた」と、「許可を受けて」と書いてありましたよ。
「許可」がなければ、外出できない、これは、自由ではないですね。
文さんは、恵まれてる例ですよ。
彼女は歌がうまく、「将校たちのお気に入り」だったから、チップをもらえた。
ラングーンは、今までで一番自由だった、と書いてありましたよ。
そのご、「敗走」で、地獄を見るんですけどね。
まあ、当時の「国際法」も違反してたんですから「軍慰安所」は。
これは メッセージ 2924 (kannrokannrokannrosui さん)への返信です.
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