■南京市民と日本軍とのふれあい
投稿者: z_gvsinlp 投稿日時: 2012/12/16 21:48 投稿番号: [28747 / 29399]
http://blog-imgs-41.fc2.com/n/e/z/nezu621/20091209023704854.jpg
支那と日本の売国左翼が、1937年に起こったと捏造した「南京大虐殺」。
いまだにこういう脳腐れの人格破壊者がいるということは、ほんとうに呆れると同時に哀れさえも覚えてしまいます。
ありもしない捏造史を、さもあったことにしようとする悪質なプラパガンタなど、葬られて当然です。
この南京問題について、あらためて当時の事実を掲掲します。
南京というのは、いわゆる城砦都市です。
その南京に、蒋介石率いる国民党兵士が大量にやってきて、市民に銃を突きつけて、「これから日本がここを攻めてくるから、おまえら、銃を持って戦え!」とやった。
それが南京での戦闘のはじまりです。
南京市民は、仕方なく銃を持って、城塞の塀に並び、日本軍めがけて発砲した。
ところが、日本軍は正規の軍隊です。
南京城塞側は、国民党兵士に後ろから銃を突きつけられて、わけもわからずめくら撃ちしている市民兵です。勝負にならない。
日本軍の猛攻が始まると、国民党の連中がまっさきに逃げ出した。
銃をとっていた南京市民は、そもそも戦意は希薄です。
後ろにいた国民党兵士達がいなくなると、我先に逃げ出した。
そして南京城は、あっさりと陥落。
日本軍が入場すると、戦いのあった反対側の城砦の壁には、何本もの紐が垂れ下がり、その紐の下には、シナ人たちの銃が、投げ捨ててあった。
日本軍が、南京に入場します。そして国民党の兵士たちがさんざん荒らしまわった城内の治安を回復した。
日本の軍人たちが、市民に手を出さないとわかると、周辺に逃げていた南京市民達が戻ってきます。当然のことです。なぜか。安全で安心だからです。
それだけではない。日本軍によって南京市の治安が回復されたと知って、多くの周辺都市からもシナ人たちが集まってきた。
このため、南京城攻防戦の前の南京市の市民の数が20万人だったのに、日本軍の占領後は南京の人口は25万人に増加したのです。
年が明け、正月になると、日本軍は内地(日本本土)から、正月の松飾りや、餅を大量に取り寄せ、市民たちにお雑煮を振る舞ったりした。
日本軍舎の前では、シナ人の子どもたちが爆竹を鳴らして、歓声をあげていた。
以上が、南京で起った事実です。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/28747.html