Re: 日本軍が慰安婦を直接強制連行した事実
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/10/28 10:00 投稿番号: [28270 / 29399]
>●新京陸軍経理学校第五期生記念文集編集委員会事務局編『追憶』上(1985年,同事務局)所収の宮谷重雄氏の手記(p146〜147)
やがて洛陽作戦が始まった。月余で洛陽が陥落してホッとしていると、数日後、師団の後方参謀が直接呼びに来たので、何事ならんと出頭すると、
「宮谷少尉は、至急民家を改装して兵隊用の慰安所を作れ。ついでに洛陽で女も集めて来い」
という命令である。もうこれは、メチャクチャである。大学を出て、なんの因果でピー屋造りをさせられるのか、その上女衒まがいの女集めまでさせられたのである。何とも情けない思いであったが、命令である。同行していた大工上がりの軍属に慰安所造りの指示を与え、塩を二、三俵トラックに積んで、洛陽市内に女狩りに赴いたのである。どうもこの作命は、後で聞いたところによると、包頭での慰安所造りの成功が効いていたそうである。
↑営所から出る場合は如何なる場合でも、軍の命令が必要であるが、上記の様な命令書は何処にも無い。
>●海軍経理学校補修学生第十期文集刊行委員会企画編集『滄溟』(1983年,同委員会)所収の坂部康正氏の手記(312頁)
日本の兵隊さんとチンタ(恋人)になるのは彼等も喜ぶが、不特定多数の兵隊さんと強制収用された処で、いくら金や物がもらえるからと言って男をとらせられるのは喜ぶ筈がない。クラブで泣き叫ぶインドネシアの若い女性の声を私も何度も聞いて暗い気持ちになったものだ。
↑軍が倶楽部を経営していた事実は無い。
>●禾晴道『海軍特別警察隊』(1975年,太平出版社)p109〜116
IX
慰安婦狩り
アンボン島のような小さなケシ粒のような島にも、中国大陸の戦線と同じように、男性の生理的欲求を処理するための「慰安所」が設置されていた。
日本国内にもあった「赤線地区」であり、昔は「女郎部屋」と呼ばれていた売春宿であり、軍隊がつくっていた公認のものであった。
そこには日本女性も動員されていたし、もちろん現地人女性が多く集められて運営されていた。彼女たちは、軍人を慰める目的であることから「慰安婦」と呼ばれていた。国家権力による強姦強要でもあった。
対象が決定したので、つぎは方法であった。早急に対象となる女性のリストを作って、本人に交渉する。ある程度の強制はやむをえないだろうということだった。
副官の大島主計大尉はなにがなんでもやってやるぞ、という決意を顔一面に現わして、「司令部の方針としては、多少の強制があっても、できるだけ多く集めること、そのためには、宣撫用の物資も用意する。」
↑主計官に命じた命令書は何処にも無い。如何なる場合でも軍人には命令書が必要である。
これは メッセージ 28267 (*uk**o*i さん)への返信です.
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