★本邦「梅毒」500年史
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2012/05/05 02:40 投稿番号: [27510 / 29399]
★・・まずは上の画像を見てほしいわけですが。
東京裁判の被告席に並ぶ東條英機(手前)と思想家・大川周明。大川は民間人として唯一「A級戦犯」で起訴されるんですが、1947年4月9日、正式に裁判から除外されました。
なぜかというと、裁判中、大川は東條英機の頭をはたいたり、奇声を発するなどして常識を逸した行動をとっていたからです。大川は梅毒による精神障害と診断されました。(頭をはたく映像はこちら)
梅毒は、戦後にペニシリンが出回るまで、ほとんど完治できない性病として恐れられてきました。いったいどれくらい日本で蔓延していたのか?
まずは『解体新書』を出した杉田玄白に聞いてみたいと思います。
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ちなみに日清戦争直前には、
「兵隊さんの間に梅毒が盛に蔓るとて種々八釜(やまか)しく」(『都新聞』明治26年)
などと書かれるようになり、軍隊でも梅毒が大きな問題となってきたことがわかります。
『坂の上の雲』あたりを読むと日本兵の活躍に心躍らされるわけですが、
実際は性病に悩む軍隊だったわけです。
治療法は水銀以外にヨウ素が使われましたが、ともに危険で、1910年、秦佐八郎らによってサルバルサン(有機ヒ素剤)が開発されたものの、効果は不十分でした。
結局、怪しい民間治療薬が幅をきかせることになります。・・
http://www.tanken.com/baidoku.htmlま、忙しい看護婦が、606号と呼んでも少しも不自然では無いね。
ペニシリンで治療してもらえなかった状況だったから、死亡した慰安婦たちも数えきれない位いたでしょう。
「慰安所=強姦所」を造り、若い女性・少女たちを虐殺した天皇の軍隊だった。
慰安所を作ったと自ら証言し、その裏付けの証拠も出てきた中曽根首相は、相変わらず頬かむりのままでね。
これは メッセージ 27507 (nya**otyan*dam*n さん)への返信です.
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