Re: 禁欲のすすめ>追加
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/19 12:12 投稿番号: [26899 / 29399]
都合に合わせて拾い集めた、裏付けのないインタビュー証言映像を寄せ集めたサイトのURLを貼っても価値はない。
堺 豊三郎さんは、原稿読んでるし。(笑)
『補給戦かく闘えり』と言う著作を出版して創価の支援を受ける御仁だ。
この人の主張は、他の軍事教練を受けた人との軍事教練に関する話とは、かなり乖離している。
戦後生まれの、軍事教練を受けていない人間意思か通用しない軍事教練の逸話や、従軍経験者の多くとは異なる少年へい教育体験の話で始まる証言だ。
笑えるのは、従軍経験を活かして戦闘が終わると本土へ帰還して教練の教官として職務に当たったというのに、なぜ上官の命令に絶対服従なのかや連帯教育で点呼の後の演習前の兵卒相互に頬を貼り合う意味が分からなかったと言い、「後になって振り返れば人権無視の精神を作り上げて、相手を殺すことを平気にさせ、自分が死ぬことも喜んで死ぬように教育するためだと」後になって思ったと抜かす。
「現地調達」と盛んに言っているが、実際に現地調達の命令を受けた兵士の証言では、『徴発せよ』との命令を受けて「鉄砲持って食料よこせじゃ、野盗と変わらんから嫌だなと思ったが、仕方ないので集落に徴発に行った」と言う証言が殆ど。
「現地調達」などと言っている御仁が、実際に戦地で『徴発』などをしたなんてのは眉唾だ。
米が供給されるだけで副食がないから、野菜や卵などの副食を「現地調達」に行ったなどという話は、この御仁の証言以外に聞かない話だ。
普通は、米が供給されていれば野菜やたんぱく質の類は採取に行っていたと言う話が戦争体験者から聞かれ、これを「現地調達」と言っていて、村人や集落から供出を募る『徴発』とは区別して話してくれる。
それを集落に行って、村人が逃げていなかったので残された野菜や卵を持ち帰ったと言っているが、もしそうなら「現地調達」の意味を破棄違えているか、採取する努力をせずに住人が逃げ出して廃墟になった家屋から食料をあら捜しして誤魔化していた屑兵卒ということになる。
優秀な砲術兵だと言っているが、砲術を身に付ける糧印の話は一切ない。
砲術へとしての稚拙な手柄話が一つ二つ手短に織り交ぜられる程度だ。
ガス弾の話など、下手な作文程度でしかない。
平時では理不尽と感じる、軍隊での上官の厳しい躾かたは、精神的に弱かったり優しすぎたりする兵卒が、いざ戦場へ出て犬死しないためのものだ。
この御仁は、歩兵として突撃した経験などないのであろう。
日本軍が陸戦では終始、銃火器力で劣るということすらあまり把握できていない。
だから、砲火を交えての戦闘は良くて膠着状態が普通で悪くすれば背走を余儀なくされることが多かった。
だから、援護射撃に徹して歩兵が突撃して履く激戦に持ち込むというのが基本戦術であって、是を成すために戦局をどう有利に展開するかが作戦だったのだ。
そういう日本軍がガス弾など使用しては、効力は不可能であって背走の助けにしかならない。
軍事教練は、維新の理念に基づいて発案され、近代の民権思想に因る国民皆兵という国際常識から実施された。
維新当初から旧士族や旧公家などを中心に軍属が国民皆兵を快く思わず、軍事予備教育を阻んでいたわけだが、第一次大戦を期に国際間の武力紛争が総力戦に発展する当時の状況に鑑みて
時系列も戦地も戦力も把握できない白痴には、歴史検証は無理だ。
堺 豊三郎さんは、原稿読んでるし。(笑)
『補給戦かく闘えり』と言う著作を出版して創価の支援を受ける御仁だ。
この人の主張は、他の軍事教練を受けた人との軍事教練に関する話とは、かなり乖離している。
戦後生まれの、軍事教練を受けていない人間意思か通用しない軍事教練の逸話や、従軍経験者の多くとは異なる少年へい教育体験の話で始まる証言だ。
笑えるのは、従軍経験を活かして戦闘が終わると本土へ帰還して教練の教官として職務に当たったというのに、なぜ上官の命令に絶対服従なのかや連帯教育で点呼の後の演習前の兵卒相互に頬を貼り合う意味が分からなかったと言い、「後になって振り返れば人権無視の精神を作り上げて、相手を殺すことを平気にさせ、自分が死ぬことも喜んで死ぬように教育するためだと」後になって思ったと抜かす。
「現地調達」と盛んに言っているが、実際に現地調達の命令を受けた兵士の証言では、『徴発せよ』との命令を受けて「鉄砲持って食料よこせじゃ、野盗と変わらんから嫌だなと思ったが、仕方ないので集落に徴発に行った」と言う証言が殆ど。
「現地調達」などと言っている御仁が、実際に戦地で『徴発』などをしたなんてのは眉唾だ。
米が供給されるだけで副食がないから、野菜や卵などの副食を「現地調達」に行ったなどという話は、この御仁の証言以外に聞かない話だ。
普通は、米が供給されていれば野菜やたんぱく質の類は採取に行っていたと言う話が戦争体験者から聞かれ、これを「現地調達」と言っていて、村人や集落から供出を募る『徴発』とは区別して話してくれる。
それを集落に行って、村人が逃げていなかったので残された野菜や卵を持ち帰ったと言っているが、もしそうなら「現地調達」の意味を破棄違えているか、採取する努力をせずに住人が逃げ出して廃墟になった家屋から食料をあら捜しして誤魔化していた屑兵卒ということになる。
優秀な砲術兵だと言っているが、砲術を身に付ける糧印の話は一切ない。
砲術へとしての稚拙な手柄話が一つ二つ手短に織り交ぜられる程度だ。
ガス弾の話など、下手な作文程度でしかない。
平時では理不尽と感じる、軍隊での上官の厳しい躾かたは、精神的に弱かったり優しすぎたりする兵卒が、いざ戦場へ出て犬死しないためのものだ。
この御仁は、歩兵として突撃した経験などないのであろう。
日本軍が陸戦では終始、銃火器力で劣るということすらあまり把握できていない。
だから、砲火を交えての戦闘は良くて膠着状態が普通で悪くすれば背走を余儀なくされることが多かった。
だから、援護射撃に徹して歩兵が突撃して履く激戦に持ち込むというのが基本戦術であって、是を成すために戦局をどう有利に展開するかが作戦だったのだ。
そういう日本軍がガス弾など使用しては、効力は不可能であって背走の助けにしかならない。
軍事教練は、維新の理念に基づいて発案され、近代の民権思想に因る国民皆兵という国際常識から実施された。
維新当初から旧士族や旧公家などを中心に軍属が国民皆兵を快く思わず、軍事予備教育を阻んでいたわけだが、第一次大戦を期に国際間の武力紛争が総力戦に発展する当時の状況に鑑みて
時系列も戦地も戦力も把握できない白痴には、歴史検証は無理だ。
これは メッセージ 26892 (shoujouji さん)への返信です.