出典も定かでない屑投降
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/19 10:57 投稿番号: [26893 / 29399]
自分で撒き散らしたゴミは自分で片付けろよ、fukagawatohei。
<fukagawatohei>
兵隊の相手をさせられるために連行された「慰安婦」たちは、軍の指示を受けた民間人に「工場・食堂で金儲けできる」とだまされたり、誘拐された場合もあった。それだけでなく軍が直接トラックで田舎を回って見つけた女性をかたっぱしから捕まえる「人狩り」をしたこともあった。
連行された先も、日本が占領・統治した地域すべてに、しかも戦闘の最前線にまで及んだ。また、日本国内の基地にある「慰安所」にも連れて行かれている。
これに対し「勤労挺身隊」は、「国民学校」の在校生・卒業生が対象にされた。つまり学校を介して「募集」がおこなわれたのである。
彼女らは植民地下において、「国民学校」に通えるだけの経済力があった家庭の子どもたちで、「金儲け」よりも「女学校の卒業証書」でだまされて連れて行かれた。しかも、「慰安婦」にされた女性たちよりも、年齢は低かったと思われる。
このように「慰安婦」と「挺身隊」とでは、人の集め方など基本的なところに明らかな違いがあった。しかし、この二つには非常に近い部分もあったのである。
李在允(イ・ジュエン)さんは、だまされて「慰安婦」にされそうになったものの、背があまりにも低かったのでまぬがれた。そして朝鮮内の軍需工場へ連れていかれた。
また、姜徳景(カン・トクキョン)さんは、富山の「不二越」から3回にわたり逃亡をはかったが捕まってしまい、日本国内の「慰安所」で働かされている。
そして、日本国内の数ヶ所の「慰安所」を次々と移された沈美子(シム・ミジャ)さんは、自分のように学校で「反日的」として「慰安婦」にされた女性は、全体の1割もいたと語っている。
つまり、「従軍慰安婦」と「勤労挺身隊」は、連れて行かれた先が「慰安所」なのか軍需工場なのかは、まったくの紙一重の差だったといえよう。
〔慰安婦〕の実態が、日本の敗戦から半世紀近くも明らかにならなかったのは、当事者たちがあまりにもいまわしい過去を語らなかったこともあるが、日本政府が他の朝鮮人強制連行以上に、徹底してその事実を隠していたことが大きい。
これは メッセージ 26891 (fukagawatohei さん)への返信です.
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