南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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中曽根氏の回想録

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/12/09 09:31 投稿番号: [26546 / 29399]
中曽根康弘元首相が旧海軍の主計中尉のころ、ボルネオのバリクパパン(現インドネシア)で 慰安所の設置に関与したことを示す旧海軍の資料を市民団体「平和資料館・草の家」(高知市)が 入手し、発表した。中曽根氏は回顧録で「私は苦心して、慰安所をつくってやった」と記していること
がすでに明らかになっている。

資料は「海軍航空基地第2設営班資料」。同館が防衛省防衛研究所の史料閲覧室で見つけた。

「第二設営班   矢部部隊」の活動状況が25ページにわたり記されている。隊長、工営長、軍区長と 並び、主計長として中曽根氏の氏名があった。

資料によると、部隊はダバオに上陸した翌1942年にバリクパパンで飛行場の整備などに従事。

その際、「(隊員の)気荒くなり、日本人同志けんか等起る様になる」などとして、「主計長の取計 (とりはからい)で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり」と書かれている。
慰安所の場所を示す地図もあった。

27日に記者会見した同館は「中曽根氏が現地の女性を集めて慰安所を設置するよう計らった ことは明らか。軍の関与を示す重要な資料」と主張している。

中曽根氏は「終りなき海軍   若い世代へ伝えたい残したい」(文化放送開発センター出版部、 1978年刊)に回顧録を寄稿。

設営隊の主計長としてバリクパパンに上陸した当時を振り返り、
「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。

そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある」と記していた。
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