南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: 従軍慰安婦とは

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/09/26 10:42 投稿番号: [26110 / 29399]
米軍による1944年夏に北ビルマのミートキーナーにて捕らえられた朝鮮人慰安婦二十人と抱え主の北村夫婦(日本人)からの尋問記録を要約したレポート(米国立公文書館所蔵)

  尋問したのは二世のアレックス・依地軍曹とカール・吉田軍曹です。
それによると、
募集
1942年5月、日本人業者たちは軍の勧誘で東南アジアの占領地における「気楽な慰安サービス」の名目で朝鮮人女性を集めた。業者は三〇〇〜一〇〇〇円の前借金を親たちに払った。
渡航
北村夫婦は若干の経験者をふくむ二十二人の女性(十九〜三十一歳)つれて七月十日釜山を出港、八月二十日ラングーンについた。同船の女性七〇三人は、二十〜三十人ずつに分かれビルマ各地に散った。
丸山クラブ
北村班がおちついたミートキーナの慰安所には六十三人の慰安婦がいて、連隊長の名前をとって丸山クラブと名付けられた。
雇用契約
抱え主と慰安婦の配分は五〇%ずつ。月間収入は一五〇〇円、年季は半年から一年(一部は帰還した)
時間割りと料金
午後九〜午後五時=兵(一円五〇銭)、五時〜九時=下士官(三円)、九時以後=将校(五円)、以上は二十〜四十分のショートタイム(山田盟子は一時間と書いています)泊り=将校のみ(三十円)、なお兵の月収は十五円ぐらい。
生活状況
  個室を与えられ、利用者は、毎日一〇〇人ぐらい。水曜日は検診のため休日、生活はかなり豊かで町へ買い物にも行けた。兵からの贈物が多く、娯楽やスポーツをやりパーティにもでた。
性格評価
  無教育で子供っぽい。利己的で美人はいない。健康状況は良好。
その他
  兵士からの求婚が多く、実際に結婚した例もある。
希望
  生存を知らせるビラを朝鮮に播いて欲しい。
  以上秦郁彦著「昭和史の謎を追う   下」p491〜492より
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