南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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小笠原事件

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/08/23 10:35 投稿番号: [25992 / 29399]
小笠原事件(おがさわらじけん)とは、1945年(昭和20年)に日本軍が米軍の捕虜8名を殺害し、そのうち5名の人肉を嗜食したとされる事件である。
別名、父島人肉事件。

当時の父島は住民を疎開させた上で要塞化(父島要塞)されており、陸軍の立花芳夫中将指揮する混成第一旅団と海軍の森国造中将指揮する父島方面特別根拠地隊が駐留していた。連日の空襲を受ける中、酒乱で気性の荒い立花芳夫中将と的場末男少佐が共謀して「日本刀の凄みを披露する絶好の機会」という理由で、撃墜した米軍機から脱出して捕虜となった搭乗員を使って軍刀の試し切りをすることになった。

そこで、大木に針金で括りつけた捕虜を予備役応召の伊藤喜久二中佐に師団長命令を発して斬殺させるなどし、さらに軍医に遺体を解体させて、その肉を戦意高揚のためとして焼いて酒宴の肴とした。後の証言によれば、立花は米兵の手足の肉や内臓を食べると、「これは美味い。お代わりだ!」と喜んだという。

参謀だった堀江芳孝少佐は立花らの素行にかねてから不安を感じており、捕虜のウォーレン・ボーン中尉を、自分の英語教師として身近に置くことで守っていたが、外出後に戻るとすでに処刑されて喰われた後だった。的場少佐の部下の供述調書によると、この時に的場少佐が発した命令は次の通り。

一、大隊は米人飛行家ボーン中尉の肉を食したし
二、冠中尉は此の肉の配給を取り計らうべし
三、坂部軍医は処刑に立会い、肝臓、胆嚢を取り除くべし

1945年3月9日 午前9時 大隊長 陸軍少佐的場末男
発令方法…冠中尉並に坂部を面前に呼び口頭命令、報告は立花旅団長へ、通告は堀江参謀へ

一方で、当時少尉候補生として、父島に配属されていた土屋公献(元日弁連会長)は、ボーン中尉を殺したのは事実だが、ボーンの遺体を損壊して食べた事実は無いと食人行為については、否定している。

戦後
1945年8月15日終戦、9月2日に父島に上陸した米軍は捕虜の行方を調査し、事実を知り驚愕する。的場大隊および関係者を拘束して事情聴取し1946年2月に立花中将と的場少佐の他、海軍の森国造中将と吉井静雄大佐ら酒宴に参加するなどした27名(29名説あり)をBC級戦犯として起訴した。

その結果、立花、的場、吉井、伊藤、中島昇大尉ら5名が絞首刑(森は終身刑、但し別途オランダによる裁判で刑死)、終身刑5名、有期刑15名となった。立花と的場は処刑されるまでの間、米兵たちの憎悪の対象となり、激しく虐待され続けた。
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