Re: ベトナム戦時代のアメリカ兵(追補)
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/08/19 09:57 投稿番号: [25962 / 29399]
料金は五〇〇ピアストル(二ドル相当)で、女の手取りは二〇〇ピアストル、残りは経営者が取った。彼女たちを集めたのは地方のボスで、金の一部は市長まで流れた。この方式で、米軍は「デイズニーランド」とも呼ばれた慰安所に手を汚していない形にしていたが、監督は旅団長で、ウエストモーランド司令官もペンタゴンも黙認していたのである。
慰安システム
女たちは過ごとに軍医の検診を受け、安全を示す標札をぶら下げていたが、それでも米兵の性病感染率は千分比で200(1969年)に達していた。これで見ると日本軍の慰安婦システムをそっくり模倣したのではないかと思われるほどすべてが酷似しているが、集件や環境が同じなら誰が考えても似た方式におちついただけのことかもしれない。
ベトナム戦争末期には、この種の女性たちが30万−50万人をかぞえたとも言われる。戦争が終ると彼女たちの「更生」が問題になる。最初はリハビリ・キャンプへ入れられるが、そのうち外国観光客用ダンサーへ出したとエンローは書いている。(Cynthia Enloe,op.cit,pp33-34)
これは メッセージ 25959 (shoujouji さん)への返信です.
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