Re: 従軍看護婦・・・軍が深い深い深い関与
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/06/16 19:00 投稿番号: [25801 / 29399]
公文書と言っても、その素性が問題だね。
公党の機関紙なのに、「一九四六?四八年の東京裁判」などと書いている「検察団が提出した尋問調書や陳述書」の邦訳の話だ。
これらの調書や陳述書は、米軍が日本降伏後にフィリピンや各地で調査聴取して軍本部に上げた報告書の信憑性や正確さとは比較できない程、その裏付けの無さには定評がある。
しんぶん赤旗 日本軍の強制示す公文書
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-04-19/2007041906_02_0.html
林博史関東学院大学教授は十七日、外国特派員協会での記者会見で「従軍慰安婦」問題についての新資料七点を発表しました。一九四六?四八年の東京裁判でオランダ、フランス、中国の検察団が提出した尋問調書や陳述書などです。
林博史教授の論法に至っては、文面から勝手に憶測した事から展開して結論付けるものらしい。
共産党と同じ論法だってことだな。
ヘソで茶を沸かす様な主張をする林博史@関東学院大学教授
http://ameblo.jp/sinesayoku/entry-10111540414.html
林博史の法則というのが有りまして、十分条件 ⇒ 必要条件を満たさないのに、
いきなり結論が結びつく訳だ。
敗戦時に軍病院の補助的な看護婦として雇用 ⇒ 看護婦に雇用された際の身分が軍属だった可能性が高いとみている ⇒ 軍が戦中に慰安婦管理に事実上深くかかわっていた
「看護婦」として雇用 ⇒ 当局が慰安婦の存在を連合国側から隠ぺいしようとした可能性も指摘
※ブログ主のキャプションは省略しています
〜以下林教授のHPから引用〜
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/books32.htm
<中略>
で、林教授の今回の発見に関して、「知らされなかった日本」さんが真相を解き明かしている訳だ。
〜引用開始〜
今回はこの話についての「るーた」さんのご意見を書き記させていただきます。
「るーた」さんは私がmixiで知り合った方でして、関西で福祉の仕事に携わっておられます。
ご職業がらお年寄りの貴重な表現を聞かれる事が多く、るーたさんご自身はお若いのですが語り部のように話を聞かせてもらっています。
ああ、この話し前元従軍看護婦から聞きましたよ。
慰安所退職後の職業訓練の一環で、色々と仕事を教えてたらしいです。
けど、慰安所の仕事は給料が高いので、世間の仕事をするのがバカらしくなるらしくて、
多数の慰安婦は、なかなか看護婦のいうことなんて 聞かなかったらしいですけどね。。。
俗にいう看護婦見習いですよ。。。
看護婦について仕事をするんです。
当然、文盲者には文字を教えるところから入ったそうです。
記録が出来なきゃ、外の世界へ出た時に雇ってももらえませんからね。。。
しかし慰安婦というのは、非番には買い物へ出かけたり、兵隊と歌を歌ったりして遊んだりとかなりの自由があったらしいので、なかなか自主的に参加したいという人はいなかったようですね。。。
看護婦という仕事は、当時はよりハードで重労働ですからね。。。
しかし、慰安婦だったというより看護婦だったというほうが、帰った後のことを考えると良いわけで、そう言って参加を促していたという話を聞きますよ。。。
朝鮮人や支那人に「自分の今後の人生や親兄弟や親戚のことも考えなさい」と言っても「帰ったらまた、親は私を他へ売り飛ばすに決まってる」 「もう故郷には帰りたくない。このまま死んだほうがマシ」と言っていたとか。。。
その癖、親に手紙とお金を送っていたようで「その矛盾した行動が全く理解できなかった」と聞きましたね。
もちろんこの証言は又聞きですし、検証も全くしていません。
まあしかし、徳川侍従長の発言メモの時の日経の報道を見ていますと、大新聞社でさえも裏を取った報道をせずに許されるようですから市井の個人が同じ事やっても差し支えありますまい(笑)。
みなさんはこの証言を聞かれてどう思われたでしょうか?
私はこの報道を聞いたとき最初に思ったのは
「ああ、恩給が出るように計ってやったのだな」という事でした。
そしてるーたさんの発言を読ませてもらって「なるほど、終戦後も身が成り立つように便宜を計ったのだな」とも思いました。
林教授はこれを「連合軍から問題を隠そうとしたのだ」などと頓珍漢な解釈をしておられますが、違法でも何でもなかった慰安所の存在をなぜ隠さなければならないのか(笑)。
http://daikichi19
公党の機関紙なのに、「一九四六?四八年の東京裁判」などと書いている「検察団が提出した尋問調書や陳述書」の邦訳の話だ。
これらの調書や陳述書は、米軍が日本降伏後にフィリピンや各地で調査聴取して軍本部に上げた報告書の信憑性や正確さとは比較できない程、その裏付けの無さには定評がある。
しんぶん赤旗 日本軍の強制示す公文書
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-04-19/2007041906_02_0.html
林博史関東学院大学教授は十七日、外国特派員協会での記者会見で「従軍慰安婦」問題についての新資料七点を発表しました。一九四六?四八年の東京裁判でオランダ、フランス、中国の検察団が提出した尋問調書や陳述書などです。
林博史教授の論法に至っては、文面から勝手に憶測した事から展開して結論付けるものらしい。
共産党と同じ論法だってことだな。
ヘソで茶を沸かす様な主張をする林博史@関東学院大学教授
http://ameblo.jp/sinesayoku/entry-10111540414.html
林博史の法則というのが有りまして、十分条件 ⇒ 必要条件を満たさないのに、
いきなり結論が結びつく訳だ。
敗戦時に軍病院の補助的な看護婦として雇用 ⇒ 看護婦に雇用された際の身分が軍属だった可能性が高いとみている ⇒ 軍が戦中に慰安婦管理に事実上深くかかわっていた
「看護婦」として雇用 ⇒ 当局が慰安婦の存在を連合国側から隠ぺいしようとした可能性も指摘
※ブログ主のキャプションは省略しています
〜以下林教授のHPから引用〜
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/books32.htm
<中略>
で、林教授の今回の発見に関して、「知らされなかった日本」さんが真相を解き明かしている訳だ。
〜引用開始〜
今回はこの話についての「るーた」さんのご意見を書き記させていただきます。
「るーた」さんは私がmixiで知り合った方でして、関西で福祉の仕事に携わっておられます。
ご職業がらお年寄りの貴重な表現を聞かれる事が多く、るーたさんご自身はお若いのですが語り部のように話を聞かせてもらっています。
ああ、この話し前元従軍看護婦から聞きましたよ。
慰安所退職後の職業訓練の一環で、色々と仕事を教えてたらしいです。
けど、慰安所の仕事は給料が高いので、世間の仕事をするのがバカらしくなるらしくて、
多数の慰安婦は、なかなか看護婦のいうことなんて 聞かなかったらしいですけどね。。。
俗にいう看護婦見習いですよ。。。
看護婦について仕事をするんです。
当然、文盲者には文字を教えるところから入ったそうです。
記録が出来なきゃ、外の世界へ出た時に雇ってももらえませんからね。。。
しかし慰安婦というのは、非番には買い物へ出かけたり、兵隊と歌を歌ったりして遊んだりとかなりの自由があったらしいので、なかなか自主的に参加したいという人はいなかったようですね。。。
看護婦という仕事は、当時はよりハードで重労働ですからね。。。
しかし、慰安婦だったというより看護婦だったというほうが、帰った後のことを考えると良いわけで、そう言って参加を促していたという話を聞きますよ。。。
朝鮮人や支那人に「自分の今後の人生や親兄弟や親戚のことも考えなさい」と言っても「帰ったらまた、親は私を他へ売り飛ばすに決まってる」 「もう故郷には帰りたくない。このまま死んだほうがマシ」と言っていたとか。。。
その癖、親に手紙とお金を送っていたようで「その矛盾した行動が全く理解できなかった」と聞きましたね。
もちろんこの証言は又聞きですし、検証も全くしていません。
まあしかし、徳川侍従長の発言メモの時の日経の報道を見ていますと、大新聞社でさえも裏を取った報道をせずに許されるようですから市井の個人が同じ事やっても差し支えありますまい(笑)。
みなさんはこの証言を聞かれてどう思われたでしょうか?
私はこの報道を聞いたとき最初に思ったのは
「ああ、恩給が出るように計ってやったのだな」という事でした。
そしてるーたさんの発言を読ませてもらって「なるほど、終戦後も身が成り立つように便宜を計ったのだな」とも思いました。
林教授はこれを「連合軍から問題を隠そうとしたのだ」などと頓珍漢な解釈をしておられますが、違法でも何でもなかった慰安所の存在をなぜ隠さなければならないのか(笑)。
http://daikichi19
これは メッセージ 25799 (dorawasabi5001 さん)への返信です.