通州事件の真実
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/01/19 08:13 投稿番号: [24291 / 29399]
- QUOTE -
「通州事件」とは、日本の傀儡政権であった「冀東防共自治政府」の保安隊が日本側に対して反乱を起こし、約200名の日本人居留民(ただし厳密には、このうち約半数は朝鮮人)を虐殺した、という事件である。
この事件は、当時日本の「暴支膺懲」を煽り立てる絶好の材料とされ、今日でも「南京虐殺」の相殺材料であるかのように利用されることが珍しくない。
陸軍省がしらべた犠牲者の数は、八月五日現在で発見できたもの一八四名、男九三名、女五七名、性別不明者三四名であり、生き残って保護をうけたものの数は、一三四名、その内訳は「内地人」七七名と「半島人」(朝鮮人)五七名であった。
当時の支那駐屯軍司令官香月清司中将の『支那事変回想録摘記』が記録する犠牲者の数は、日本人一〇四名と朝鮮人一〇八名であり、朝鮮人の大多数は「アヘン密貿易者および醜業婦にして在住未登録なりしもの」であった。
朝鮮人のアヘン密貿易者が多数いたことは、通州がアヘンをもってする中国毒化政策の重要な拠点であったことを示していた。通州事件は、日本の中国「毒化政策」にたいする中国民族の恐怖と抵抗を標示していた。
戦史家児島襄は、「在留邦人三百八十五人のうち幼児十二人をふくむ二百二十三人が殺され、そのうち三十四人は性別不明なまでに惨殺されていた」と指摘し、「生き残った者は、かろうじて教会に逃げこみ、あるいは例外的な中国人の好意でかくまわれ、中国服を着用して変装できた人々であった」としるした。 七月三〇日、守備隊に増援部隊が加わり、事件はおさまった。
通州事件愈よ解決
冀東政府から誠意披露
【北京特電二十二日発】
去る七月ニ十九日日支軍衝突と同時に冀東保安隊の反乱によつて発生した通州事件の悲惨なる想出は今なほわが国民の脳裡を去りやらぬ痛恨事であるが、冀東政府の現政務長官池宗墨氏は事件解決策につき北京大使館当局と種々折衝中のところ大体左のごとき解決案を発見、池長官はニ、三日中に北京大使館に森島参事官を訪問、冀東政府を代表し正式陳謝をなし犠牲者に対する慰藉金、日本側機関に対する損害賠償など合計百二十万円を日本側に交付し、これをもつて同事件の正式解決をはかることに決定した。
即ち冀東自治政府としては北京の中華民国臨時政府に正式合流をなすに先立ち通州事件の正式解決をいそぎ、もつて日本国民に対する慰藉、陳謝の態度を明にしたものである。なほ前長官 殷汝耕氏も事件後厳重な取調べを受けつつあつたが間もなく同事件に通謀したる事実なきことも明白になりこれまた近く釈放されるものと見られる、また我が同胞の尊き霊を永遠になぐさめるため遭難地通州に大供養塔が建設されることになつてゐるが、右基金は冀東政府要路者の心からなる義金によるものである。
- UNQUOTE -
(通州事件は、完全に解決済みですから、いまさら、蒸し返す必要は
ないでしょうね。)
「通州事件」とは、日本の傀儡政権であった「冀東防共自治政府」の保安隊が日本側に対して反乱を起こし、約200名の日本人居留民(ただし厳密には、このうち約半数は朝鮮人)を虐殺した、という事件である。
この事件は、当時日本の「暴支膺懲」を煽り立てる絶好の材料とされ、今日でも「南京虐殺」の相殺材料であるかのように利用されることが珍しくない。
陸軍省がしらべた犠牲者の数は、八月五日現在で発見できたもの一八四名、男九三名、女五七名、性別不明者三四名であり、生き残って保護をうけたものの数は、一三四名、その内訳は「内地人」七七名と「半島人」(朝鮮人)五七名であった。
当時の支那駐屯軍司令官香月清司中将の『支那事変回想録摘記』が記録する犠牲者の数は、日本人一〇四名と朝鮮人一〇八名であり、朝鮮人の大多数は「アヘン密貿易者および醜業婦にして在住未登録なりしもの」であった。
朝鮮人のアヘン密貿易者が多数いたことは、通州がアヘンをもってする中国毒化政策の重要な拠点であったことを示していた。通州事件は、日本の中国「毒化政策」にたいする中国民族の恐怖と抵抗を標示していた。
戦史家児島襄は、「在留邦人三百八十五人のうち幼児十二人をふくむ二百二十三人が殺され、そのうち三十四人は性別不明なまでに惨殺されていた」と指摘し、「生き残った者は、かろうじて教会に逃げこみ、あるいは例外的な中国人の好意でかくまわれ、中国服を着用して変装できた人々であった」としるした。 七月三〇日、守備隊に増援部隊が加わり、事件はおさまった。
通州事件愈よ解決
冀東政府から誠意披露
【北京特電二十二日発】
去る七月ニ十九日日支軍衝突と同時に冀東保安隊の反乱によつて発生した通州事件の悲惨なる想出は今なほわが国民の脳裡を去りやらぬ痛恨事であるが、冀東政府の現政務長官池宗墨氏は事件解決策につき北京大使館当局と種々折衝中のところ大体左のごとき解決案を発見、池長官はニ、三日中に北京大使館に森島参事官を訪問、冀東政府を代表し正式陳謝をなし犠牲者に対する慰藉金、日本側機関に対する損害賠償など合計百二十万円を日本側に交付し、これをもつて同事件の正式解決をはかることに決定した。
即ち冀東自治政府としては北京の中華民国臨時政府に正式合流をなすに先立ち通州事件の正式解決をいそぎ、もつて日本国民に対する慰藉、陳謝の態度を明にしたものである。なほ前長官 殷汝耕氏も事件後厳重な取調べを受けつつあつたが間もなく同事件に通謀したる事実なきことも明白になりこれまた近く釈放されるものと見られる、また我が同胞の尊き霊を永遠になぐさめるため遭難地通州に大供養塔が建設されることになつてゐるが、右基金は冀東政府要路者の心からなる義金によるものである。
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(通州事件は、完全に解決済みですから、いまさら、蒸し返す必要は
ないでしょうね。)
これは メッセージ 24289 (konoyo_anoyo さん)への返信です.