誰も反論できないのでしょうか
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/11/02 10:19 投稿番号: [23832 / 29399]
私ホームページ「南京事件元兵士の日記はニセモノ」
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/nannkinnjikenn.motoheisinikkinisemono.ht
ml簡単な文章では、9月26日に朝日新聞・中公新書・文芸春秋、
さらに徐々に説明を追加しながら、
読売新聞・毎日新聞・民主党本部・民主党議員・自民党総裁・自民党議員、社民党本部、共産党本部、日教組、東大近現代史教授、大月書店、NNN、国立国語研究所、
居住市、文科省、NHK、産経新聞、つくる会、岩波書店
などに連絡してきました。
岩波書店に出したのは10月27日(水)です。
「笠原先生に連絡して私の疑問に反論していただけるなら、
大変ありがたいと思っております。」
と書きました。まだ反応はありません。
これだけ出しているのですから、秦先生にも、笠原先生にも、
またその他の近現代文読解技能者にも、
とっくの昔に到達しているのではないかと思うのですが、
私に関しては、まだ、反応を手にしておりません。
*****別の話ですが、
当事者の証言や記憶を、
他の正しい史料と比較考証して吟味するのは、
史料批判としては、当然の手続きです。
それを、「疑うのは道義に反する」と言うのは、
手続きの省略ではないでしょうか。
疑って、なおかつ疑問の余地がないのが、一番いいわけです。
歴史学研究法より
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisigakukennkyuuhou.html〔錯誤の例〕
1.感覚的な錯誤
2.総合判断の際の先入観や感情による錯誤
3.記憶を再現する際に感情的要素が働いて誇大美化が起きるような例
4.言語表現が不適切で証言がそのまま他人に理解されない例
直接の観察者でも、錯誤が入ることはよくある。ましてや証言者がその事件を伝聞した人である場合、
誤解・補足・独自の解釈等によって、さらに錯誤が入る機会は多い。
〔虚偽の例〕
1.自分あるいは自分の団体の利害に基づく虚偽
2、憎悪心・嫉妬心・虚栄心・好奇心から出る虚偽
3、公然あるいは暗黙の強制に屈服したための虚偽
4、倫理的・美的感情から、事実を教訓的にまたは芸術的に述べる虚偽
5.病的変態的な虚偽
6.沈黙が一種の虚偽であることもある
事件の当事者の報告は、その事件を最もよく把握している人の証言だ、
という意味では最も価値がある。
しかし一方、当事者はそのことに最も大きな関心を持っているために、
「時として利害関係虚栄心などから、真実を隠す傾向がある。」
*****
疑問の余地がない、という土台を確実にして欲しいものです。
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