どうやら
投稿者: nita2 投稿日時: 2003/06/27 07:03 投稿番号: [2364 / 29399]
一段落したようなので、突っ込みどころ満載の論陣でも張りましょうかね。
事実は観念の構築物に過ぎないとカントが言っています。
しかし、南京事件も従軍慰安婦問題も国際裁判や政府見解ですでに事実認定されてしまっています。
だから、逆に事実認定された過去を観念として受け入れられるか否かということになりますね。
さて、自分の爺さんや父親が、虐殺やら強姦やらに係わっていたなどという観念を受け入れることは
並大抵のことでは無く、大方の人間には耐え難いことでしょう。
だからと言って、事実として歴史に刻まれたことを真っ向から覆すことは不可能に近いですね。
で、観念として受け入れられない人は、一様に
1
衝撃を弱めようとする。(南京の人口は30万以下、強制連行はただの募集、など)
2
印象操作を行う 。(南京で子供と遊ぶ日本兵の写真、慰安婦は売春婦など)
3
位相の異なるテーマと相殺しようとする(通州事件との対比、米軍にも慰安所はあったなど)
4
通常化しようとする(戦争はそんなものだ、当時は当たり前だったなど)
というように絡め手で論陣を張ることになります。
これは、洋の東西を問わず、ホロコースト否定のフォリソンやアーヴィングも用いている手法です。
一見、検証しているようで、実は人の観念を誘導しようとしているに過ぎません。
ちなみに、そちらの方は論争すれば事実がぼかされてしまいますから、彼らを歴史修正主義者と命名した
ヴィダル=ナケを筆頭にして、一貫して論争を拒否しているのが現状です。
つまり、実は肯定派と事実をぼかそうとする勢力があるだけで、肯定派と否定派の対立など生じ得ないの
です。
つまりは、自分の観念の中で南京事件や従軍慰安婦を事実として受け入れられるか、すり替えを行わない
で、自分の観念から南京事件や従軍慰安婦を駆逐できるかの問題なのでしょう。
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