南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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夏服の日本軍

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/10/04 08:48 投稿番号: [23473 / 29399]
■   夏   服   の   日   本   軍   ■


東京朝日新聞(東京版)昭和十三年二月十日 (十)

いまも夏服で活躍

皆傳部隊の陣中訪問

【南京にて守山特派員発】南京総攻撃が迫つたあの十二月上旬、太倉から南転して太湖の南を迂回し、わづか十日間に実に百里の道のりを突破し敵首都攻略戦に名をあげた皆傳部隊のその後をたづねて久しぶりで元気な兵隊さんたちの顔を見る。

宿舎の中庭では分捕り速射砲をかこんで兵隊さんたち
ドイツ製だな、スゴイのをもってやがるな、こんどはこいつで支那兵をやつつけるんだ。とワイワイいひながら機能点検に余念がない。

ピアノがある立派な部屋でいまなほ夏の軍服をきた皆傳武久部隊長が語る
夏服の方が生地が薄くて活動に便利なんでね、そのかはり下着を一枚よけい着てゐるよ、この家は国民政府の衛生署長劉瑞恆といふ男が住んでゐたらしい、さうとうな高官らしく蒋介石といっしょに撮つたこんな写真があるよ・・・・・・
といひながら、その家に残されてゐたといふアルバムを記者に見せてくれた。

その最後の一ページに貼られた一枚の古びた写真を記者は欲しかつたが部隊長なかなか手離さなかつた、それは『恋の蒋介石』ともいふべきすばらしい写真で、カメラを持つたモダンボーイの若い蒋介石とハンドバツグを持つた艶やかな宗美齢が無錫の公園のベンチにより添つてゐる図であらう、後年の東亜の風雲児にもこんな日があつたのだ【写真は分捕つた速射砲を点検する勇士達=大木特派員撮影】

南京攻略戦は御指摘のとうり、厳冬期である。軍隊が衣替えして冬服になるのは十月であったから、一二月の季節に夏服でいるのは不自然と思われるかも知れない。

しかし、それは平時の考え方である。戦地でもこれに準じて衣替えしたのはもちろんであるけれど、条件の悪いところではそうばかりゆかない場合があった。
 
これによって南京後略戦のときにも、出発までに支給ができず、八月下旬か九月上旬に内地から着用してきた夏服で従軍して部隊が沢山あった。

このように戦場では常識で割切れないことがあった。虐殺現場にいた兵隊
が夏服を着用していても、おかしなことではない。

(quote from wikipeida)
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