“戦争責任”なんて存在しません。
投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2010/09/23 21:17 投稿番号: [22837 / 29399]
唐平さん、こんばんは。
雨の日の休日、いかがお過ごしでしたか?
私は昨晩から神奈川県内の実家に戻り、今日は一日姪っ子(3か月)と遊んで、とってもgluecklichでした。(♪)
●>つまり、国内でも国外でも店ちゃんに戦争責任があると考えている人が相当数いるって事でしょうね。
“戦争責任”って何ですか?
戦争に負けたということ、あるいは戦争の遂行方法を誤って国民に無用な損失を与えたということならば、為政者が有権者から非難され、その責任を追及されるのは仕方ありません。
けれどもそれはあくまでも行政責任であって、法的な責任ではありませんし、また何よりも日本の内政問題なのですから、諸外国から“責任”を云々される筋合いはさらにありませんね。
そもそも戦争という国家の行為が国際紛争解決のための合法的な手段として認められている以上、戦争を遂行したということそれ自体に法的な責任など発生しません(愚念ながら、昭和3年に発効した不戦条約が禁じたのは“aggressive war”のみです。日本が行なった戦争はどれひとつとして“aggressive war”には該当しません)。
つまり法律上の戦争責任など、昭和天皇はもとより、当時の帝国指導者の誰ひとりとして負っているわけではないのです。
これをご批判されるのはご自由ですけれども、「法律上の戦争責任が存在する」とおっしゃられるからには、日本が国家として行なったどの行為が、何の法律(条約)のどの条項に違反したがゆえの戦争責任なのかということを明確に立証される義務を負われることをお忘れなく。
●>『長崎市長への七三〇〇通の手紙』は、1988年12月8日から1989年3月6日まで市長宅に届き、そこから編集部に送られたはがき、封書、電報、電子郵便の合計7323通が収録されている。その内容については、市長を激励するものが6942通、批判・抗議するものが381通で、圧倒的に市長が支持されている内容となっている。
このような特定の政治的意図をもって書かれた私文書上の統計など、本島発言の当否を客観的に検証するうえで何の根拠にもなりません。
結局本島氏は何を根拠として(昭和)天皇に法的な戦争責任はあるとしたのか、ついに明らかにされていないままですね。
それ以前の問題として、昭和天皇がご病気でご不予のおり、そのタイミングを見計らって必要もないのにわざわざこのような発言をされるその心根自体が人間として下劣だと思います。
●>これから、地球上ではこれまでの戦争の概念とかけはなれた、殺戮が増えていくと思います。ポルポトの虐殺、ルワンダの虐殺、ボスニア内戦。これまでの戦争のルールが通用しない、殺し合いが世界中で行われるでしょう。
それはそうかも知れませんけれども、そのことと、私の「ホロコーストと戦争犯罪とは別物」という指摘と、どういう関係があるのですか?
●>9.11でブッシュは(これは戦争だ)と言いましたが、これまでの戦争の定義で法律論をふりかざしても、何の解決にもならないでしょうね。
あれは戦争などではありません。
ただの卑劣な暴力行為です。
戦争という、国際法によってルール化された手段ではなく、無差別テロによって自分たちの主張を通そうという人種に対しては、こちらも「これまでの戦争の定義」に則った法律論で対応する必要はありません。
刑事法規に基づいて処分するのみです。
●>かつてのチリ、現在の北朝鮮、いわゆる軍事国家では反体制の人たちが収容所に入れられ、殺害されているのはSteffiさんも知ってると思いますが。
お尋ねしているのは「戦前の日本で天皇や軍部を批判しただけの理由で殺された人がいたのですか?」ということと、そうであるならばそれを示す客観的な資料をお出しくださいということだったはずですよね?
また唐平さんご自身の体験談は、私の戦争観に、より客観性を持たせるための貴重な資料として拝読させていただきますけれども、「当時の日本の社会はおしなべてそういう状況であった」ということを論ずるのであれば、それはまた別の視点からの検証が必要になってくると思います。
戦時下においてスパイ活動や、敵国を利するおそれのある反政府運動を行なったとしたら、どんなに民主的な国であっても厳しく処罰されるのは当然のことです。
それではまた。
気温の急激な変化でご体調を崩されることがありませんようご自愛くださいませ。
deine Steffi
雨の日の休日、いかがお過ごしでしたか?
私は昨晩から神奈川県内の実家に戻り、今日は一日姪っ子(3か月)と遊んで、とってもgluecklichでした。(♪)
●>つまり、国内でも国外でも店ちゃんに戦争責任があると考えている人が相当数いるって事でしょうね。
“戦争責任”って何ですか?
戦争に負けたということ、あるいは戦争の遂行方法を誤って国民に無用な損失を与えたということならば、為政者が有権者から非難され、その責任を追及されるのは仕方ありません。
けれどもそれはあくまでも行政責任であって、法的な責任ではありませんし、また何よりも日本の内政問題なのですから、諸外国から“責任”を云々される筋合いはさらにありませんね。
そもそも戦争という国家の行為が国際紛争解決のための合法的な手段として認められている以上、戦争を遂行したということそれ自体に法的な責任など発生しません(愚念ながら、昭和3年に発効した不戦条約が禁じたのは“aggressive war”のみです。日本が行なった戦争はどれひとつとして“aggressive war”には該当しません)。
つまり法律上の戦争責任など、昭和天皇はもとより、当時の帝国指導者の誰ひとりとして負っているわけではないのです。
これをご批判されるのはご自由ですけれども、「法律上の戦争責任が存在する」とおっしゃられるからには、日本が国家として行なったどの行為が、何の法律(条約)のどの条項に違反したがゆえの戦争責任なのかということを明確に立証される義務を負われることをお忘れなく。
●>『長崎市長への七三〇〇通の手紙』は、1988年12月8日から1989年3月6日まで市長宅に届き、そこから編集部に送られたはがき、封書、電報、電子郵便の合計7323通が収録されている。その内容については、市長を激励するものが6942通、批判・抗議するものが381通で、圧倒的に市長が支持されている内容となっている。
このような特定の政治的意図をもって書かれた私文書上の統計など、本島発言の当否を客観的に検証するうえで何の根拠にもなりません。
結局本島氏は何を根拠として(昭和)天皇に法的な戦争責任はあるとしたのか、ついに明らかにされていないままですね。
それ以前の問題として、昭和天皇がご病気でご不予のおり、そのタイミングを見計らって必要もないのにわざわざこのような発言をされるその心根自体が人間として下劣だと思います。
●>これから、地球上ではこれまでの戦争の概念とかけはなれた、殺戮が増えていくと思います。ポルポトの虐殺、ルワンダの虐殺、ボスニア内戦。これまでの戦争のルールが通用しない、殺し合いが世界中で行われるでしょう。
それはそうかも知れませんけれども、そのことと、私の「ホロコーストと戦争犯罪とは別物」という指摘と、どういう関係があるのですか?
●>9.11でブッシュは(これは戦争だ)と言いましたが、これまでの戦争の定義で法律論をふりかざしても、何の解決にもならないでしょうね。
あれは戦争などではありません。
ただの卑劣な暴力行為です。
戦争という、国際法によってルール化された手段ではなく、無差別テロによって自分たちの主張を通そうという人種に対しては、こちらも「これまでの戦争の定義」に則った法律論で対応する必要はありません。
刑事法規に基づいて処分するのみです。
●>かつてのチリ、現在の北朝鮮、いわゆる軍事国家では反体制の人たちが収容所に入れられ、殺害されているのはSteffiさんも知ってると思いますが。
お尋ねしているのは「戦前の日本で天皇や軍部を批判しただけの理由で殺された人がいたのですか?」ということと、そうであるならばそれを示す客観的な資料をお出しくださいということだったはずですよね?
また唐平さんご自身の体験談は、私の戦争観に、より客観性を持たせるための貴重な資料として拝読させていただきますけれども、「当時の日本の社会はおしなべてそういう状況であった」ということを論ずるのであれば、それはまた別の視点からの検証が必要になってくると思います。
戦時下においてスパイ活動や、敵国を利するおそれのある反政府運動を行なったとしたら、どんなに民主的な国であっても厳しく処罰されるのは当然のことです。
それではまた。
気温の急激な変化でご体調を崩されることがありませんようご自愛くださいませ。
deine Steffi
これは メッセージ 22764 (fukagawatohei さん)への返信です.