Re: 都知事もあきれた東条の狂言自殺
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/08/31 09:31 投稿番号: [22040 / 29399]
東条の自決未遂については、一政治家の見識を貼りつけて見ても何の意味もない。
内容は、伝聞の伝聞ばかりで経緯は省かれたものでしかないしね。
阿南が何故自決したのかに於いては何も触れていないし。
敗戦後に、戦争指導者が戦後処理もせずに自決するなど卑怯極まりないことも分らない者が多すぎる。
東条が自決と証言台の二つの道を準備した、その優柔不断さが亡国の危機を呼んだのだと気付くべきなのは、後塵を拝する戦後の人間の責務だろう。
迷わず証言台に立って、周到に準備した抗弁を述べて敵国の刑に敢えて殉じるべきだったのだよ。
それと、戦陣訓を持ち出しながら相変わらずその全文はおろか、当該の条項を通して読んだことのない者も多すぎる。
そこに書かれた意味を読み取れないで、己や己を物差しにする愚鈍な者の解釈に垂らす哀れなものも後を絶たない。
己の祖国の存亡を左右したものだと考えるなら、全文を読んで批判の対象となる文言が本当は如何なる意味を顕すものなのかを解釈することなく読み取れるまで読み返し、会得するのが筋というものだ。
まあ、情報をため込んで己の狭量な器で量るのが関の山な盆暗には、無理なことかもしれないが。
私も「A級戦犯」と呼ばれる指導者達が靖国神社(宗教法人は関係ない)に合祀されることには異議がある。
だが、貴方のような石原都知事の見識の引用の尻馬に乗る見当外れなお話とは違う。
東条自身が、元勲や明治天皇の意を引き継いで作成した戦没者祭祀選定基準にすら違反するからだ。
「戦争責任をだれに問うべきか」という人間が、戦勝国が終戦処理の際に自国民向けと被占領国民にその正当性と威風を感化する為に作成した歴史観の尻馬に乗るばかりで、そういうものに依拠しない公正な観点から実地と資料検証を真摯に尽くして照査に努めたためしはないし、日本人がそういう努力を積み重ねた痕跡もない。
靖国神社に祀るという意義は、国家の命に従い戦地へ赴き国家に殉じた将兵を軍神として祭祀することで、顕彰追悼とその志を伝承することにある。
そこに、罷り間違って国家の命を下した側の人間の中で敗戦の代償として敵国に処刑された者を同列に置いて(下手をすれば同列以上に置いて)合祀するなど、合祀された側もさぞかし無念だろう。
靖国神社に祀られてスポットを浴びるべき人間は、外でもなく閣下の命を受けて殉国した一将兵達です。
こともあろうに、「A級戦犯」と呼ばれる人達を戦後に靖国神社に依り憑いた一宗教法人が独自の祭祀基準を発動させて合祀することでスポットを彼らに浴びさせ、創建以来の主祭神を日蔭者に追いやったのですね。
松平宮司の弁によれば「東京裁判に異議を示したかったから」というのだから、確信犯出会ったことは明白だ。
個のような宮司の意を継ぐ者達が、宗教法人内の内輪の資格で神職に就き宮司を立てて継承しているのだ。
彼らに伝統的な神道や神社祭祀の理解も能力もありはしない。
靖国神社に招魂合祀する祭祀儀礼だけを継承したかのように振る舞い(実際には分霊も遷座や分遷、分祀も継承している)、一度合祀した事実を公に換えることを拒む。
国民の神社であるべき靖国神社を軍属出身者やその末裔が私物化している不幸な姿がそこにある。
内容は、伝聞の伝聞ばかりで経緯は省かれたものでしかないしね。
阿南が何故自決したのかに於いては何も触れていないし。
敗戦後に、戦争指導者が戦後処理もせずに自決するなど卑怯極まりないことも分らない者が多すぎる。
東条が自決と証言台の二つの道を準備した、その優柔不断さが亡国の危機を呼んだのだと気付くべきなのは、後塵を拝する戦後の人間の責務だろう。
迷わず証言台に立って、周到に準備した抗弁を述べて敵国の刑に敢えて殉じるべきだったのだよ。
それと、戦陣訓を持ち出しながら相変わらずその全文はおろか、当該の条項を通して読んだことのない者も多すぎる。
そこに書かれた意味を読み取れないで、己や己を物差しにする愚鈍な者の解釈に垂らす哀れなものも後を絶たない。
己の祖国の存亡を左右したものだと考えるなら、全文を読んで批判の対象となる文言が本当は如何なる意味を顕すものなのかを解釈することなく読み取れるまで読み返し、会得するのが筋というものだ。
まあ、情報をため込んで己の狭量な器で量るのが関の山な盆暗には、無理なことかもしれないが。
私も「A級戦犯」と呼ばれる指導者達が靖国神社(宗教法人は関係ない)に合祀されることには異議がある。
だが、貴方のような石原都知事の見識の引用の尻馬に乗る見当外れなお話とは違う。
東条自身が、元勲や明治天皇の意を引き継いで作成した戦没者祭祀選定基準にすら違反するからだ。
「戦争責任をだれに問うべきか」という人間が、戦勝国が終戦処理の際に自国民向けと被占領国民にその正当性と威風を感化する為に作成した歴史観の尻馬に乗るばかりで、そういうものに依拠しない公正な観点から実地と資料検証を真摯に尽くして照査に努めたためしはないし、日本人がそういう努力を積み重ねた痕跡もない。
靖国神社に祀るという意義は、国家の命に従い戦地へ赴き国家に殉じた将兵を軍神として祭祀することで、顕彰追悼とその志を伝承することにある。
そこに、罷り間違って国家の命を下した側の人間の中で敗戦の代償として敵国に処刑された者を同列に置いて(下手をすれば同列以上に置いて)合祀するなど、合祀された側もさぞかし無念だろう。
靖国神社に祀られてスポットを浴びるべき人間は、外でもなく閣下の命を受けて殉国した一将兵達です。
こともあろうに、「A級戦犯」と呼ばれる人達を戦後に靖国神社に依り憑いた一宗教法人が独自の祭祀基準を発動させて合祀することでスポットを彼らに浴びさせ、創建以来の主祭神を日蔭者に追いやったのですね。
松平宮司の弁によれば「東京裁判に異議を示したかったから」というのだから、確信犯出会ったことは明白だ。
個のような宮司の意を継ぐ者達が、宗教法人内の内輪の資格で神職に就き宮司を立てて継承しているのだ。
彼らに伝統的な神道や神社祭祀の理解も能力もありはしない。
靖国神社に招魂合祀する祭祀儀礼だけを継承したかのように振る舞い(実際には分霊も遷座や分遷、分祀も継承している)、一度合祀した事実を公に換えることを拒む。
国民の神社であるべき靖国神社を軍属出身者やその末裔が私物化している不幸な姿がそこにある。
これは メッセージ 22037 (fukagawatohei さん)への返信です.