Re: 誤解があると Lieber Frau Steffi
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/07/26 13:08 投稿番号: [21786 / 29399]
>日本を「共産主義に対する防波堤」と位置づけ、旧体制側の人物を復権させたため、戦犯不起訴となる。東條ら7名の処刑の翌日の1948年(昭和23年)12月24日に釈放、公職追放となる。
>これって、アメリカが日本の戦争犯罪に対して寛大だったという
一例ではないですか。もちろん冷戦という状況がありますが。
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上記のアメリカの行為は、アメリカが戦犯裁判と称して行ったことが実は勝者の復讐行為であったことを明白に示している。ヨーロッパにおいては勝者の復讐は、19世紀初め、ナポレオンをセント・ヘレナ島へ流刑にしたことを最後とする。第一次大戦の終戦後は勝者の復讐はなかった。
しかるにアメリカでは原住民の開拓した土地を略奪するために、巧妙な方法で原住民に開戦させ、優勢な武力で打ち破り、原住民の英雄闘士を一人一人絞首刑にして、拍手大喝采することが19世紀の半ばまで続いた。
アメリカはハワイ王国に対しても、フィリッピンに対しても、日本に対しても、また二次大戦後はベトナムに対しても、巧妙な方法で、相手に先に開戦させた。
アメリカが日本に戦勝したときは、もはや世界の道徳が勝者の復讐を許さなかった。そこでアメリカの悪智恵で思いついたのが、戦犯裁判という口実であった。厚顔無恥にして鉄面皮のきわみである。アメリカが最初に復讐した相手は、100年前原住民に復讐したときと同じで、敵(日本)の英雄闘士である。最初の7人を絞首「刑」にし、それから次々と数千人を絞首「刑」にしていった。「刑を執行」する係員は口笛を吹きながら被害者が身を捩じらせて苦しみ、死んで行く様をいとも楽しげに眺めていた。
二次大戦後、ベトナムに開戦させることもアメリカの常套手段の通りにうまく行った。だがアメリカはベトナム人民との戦争に勝てなかった。アメリカの土地に渡って悪業の限りをつくした白人の子孫が、遂に祖先の遺訓を奉じて敵に復讐することができなかった。
これは メッセージ 21784 (fukagawatohei さん)への返信です.
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