南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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日本のスパイだった張作霖

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/10/12 07:35 投稿番号: [21348 / 29399]
張作霖は、遼東半島の付け根に位置する海城県で生まれる。
若くして吉林省に渡り、馬賊に身を投じた。張はその中でたちまち頭目となった。

やがて、東三省を戦場として日露戦争が勃発。張作霖はロシアのスパイとして活躍するが、日本軍に捕縛される。

処刑されるところであったが、後に首相となる田中義一(当時は少佐)の助命により、その後は転じて日本軍のスパイとしてロシアの駐屯地に忍び込み、多くの情報を伝えた。

日露戦争後、清朝に帰順して2千程度の軍勢の部隊長となり、隠然たる一勢力を形成した。

清朝中央にあって北洋軍を率いる袁世凱は清朝の支配者である西太后に働きかけ、目覚しい発展を遂げていた東三省に腹心の徐世昌ら北洋軍を送り込んだ。

1911年10月、辛亥革命 勃発。

張作霖も兵を率いて多くの革命派を殺害した。

結局、翌年には清朝が滅び中華民国が成立する。

張作霖は、革命勢力を弾圧した功績で中将・陸軍師団長に昇進。

1916年、袁世凱が皇帝就任に失敗し後に死去。その後張作霖は、黒龍江省・吉林省も含めた東三省全域を勢力圏に置き、満州の覇者として君臨し、満州王と呼ばれた。
また、張が本拠地とした都市の名を採って奉天派と呼ばれた。

この時、時代は大きく変わりつつあり、国共合作を成し遂げた国民革命軍が「北伐」と称して華北への侵攻、国民革命軍が勝利し、東三省には張の奉天派だけが残された。

しかし、1927年4月、蒋介石 が上海クーデターを起こし共産党への弾圧をはじめ国民革命軍の北伐は停滞。

(1928年)4月、欧米の支持を得た蒋介石が、再び国民革命軍は北伐を始めた。

国民革命軍との戦争に敗れた張作霖はついに北京を逃れ、列車で根拠地である奉天へ向かった。

時の日本政府の首相田中義一は張の利用価値を認め、東三省で再起させることを考えた。

しかし、既に満州国の建国計画を立てていた関東軍にとっては、張の東三省復帰は考えられなかった。

そして、関東軍の参謀・河本大作 大佐の策略で、奉天近くの皇姑站で張の乗っていた列車を爆破した。

張は爆発で重体となり、自動車で私邸に担ぎ込まれたが、程なく死亡した。

この事件によって、日本は大きな批判にさらされた。内閣は事件を曖昧にしたものの、昭和天皇の不快を蒙った田中義一は総理大臣を辞職した。
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