戦争孤児
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/08/16 05:56 投稿番号: [21296 / 29399]
私事で恐縮ですが、私の叔父は日中戦争のときに中国で戦い負傷して
日本に戻りました。
彼は中国で現地の中国人の子供たちのおかれた悲惨な状況に衝撃を受けたそうです。
彼は日本の敗戦で家族を失い上野駅の構内でホームレスとなっていた
数十人の孤児を自宅に引き取り面倒をみるようになりました。
彼はもともと多少の土地を持っていた為、それを切り売りしながらなんとか
孤児たちを育てていました。
しかし、全ての財産を使い果たし、彼はリヤカーに野菜をつんで
負傷した体で行商にでていました。
彼が作った孤児院がじょじょに世間に知られるようになり、マスコミからも
注目され、その孤児院は当時流行したラジオドラマ『鐘の鳴る丘』のモデル
の一つになり、多くの有名人や皇族の人が慰問に訪れるようになり、
国からの補助も多少受けられるようになり、なんとか孤児たちを
面倒見れるようになりました。
また、国からも彼の業績が認められ、何とか勲章という勲章が与えられ
知名人となりました。
彼の知名度に注目しある政党が国会議員になるよう彼に接触してきましたが、彼は名誉より子供たちを守ることを選択しました。
彼は生前数百人という孤児を育てましたが、その苦労は想像を絶するものでした。
国からの補助だけではやっていけず、彼は死の直前まで、トラックに
野菜を積んで行商を続けました。
彼の胸中には中国の子供たちの悲惨な姿を一生忘れることができなかった
のだと思います。
口先で愛国心だの、靖国参拝など叫ぶ人間がどれだけ戦争の実態を
理解しているのか疑問です。
これは メッセージ 21295 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/21296.html