Re: ぺ・ポンギさん・・
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/06/15 00:30 投稿番号: [21224 / 29399]
戦費を女性の稼ぎで賄った日本。
★からゆきさん
Q11:どんな暮らしぶりだったの?
娼館での日常生活は、基本的に日本と同じでした。食べるものも、着るものも可能な限り日本風でした。その要求にこたえるために、いろんな商売の男たちが次々に海を渡りました。"女の財産は着物"の時代だったので、呉服屋などは有卦(うけ)に入ったのです。
明治の世になって、まず国を飛び出していったのがからゆきさん、それを追っかけて、おとこからゆきともいわれる男たちが一旗あげようと出て行ったのです。
【日清、日露の戦役のときの軍艦や大砲などの、少なくない部分がからゆきさんからの仕送りでまかなわれた、というのはあれこれの本にみかける説です。】
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Q12:で、本人たちは最後はどうなったの?
私が各国に散らばる日本人墓地にあるからゆきさんの墓を調べて、一体いくつぐらいで亡くなったんだろうと平均寿命を出してみたら、21,6歳でした。
これは昔風の”数え”の歳であって、今風の"満"の数え方でいくと20歳ぐらいになります。
半分ははたちそこそこで死んでいってることになります。
【売られて4、5年でマラリアなどの風土病、性病、肺病、阿片などで若い命を散らしていったのです。】
(どら・・皇軍の慰安婦にされた女性たちも、病気になっても治療もされず、打ち棄てられたと言う証言がある)
故国の家族は命日を知ることもなかったでしょう。仕送りがこなくなると、何かあったのでは、と案じるだけだったでしょう。
日本人墓地に墓を建ててもらったからゆきさんは、私の考えでは100人に1人、多くて2人ぐらいのものだったでしょう。
ほとんどはそこいらで焼いて埋めるか、海や密林に放り投げるか、だったといいます。
まだ息はあるのにワニのえさに売られた娘も少なくない、と語った人もいます。
身請けされて、現地人や中国人、あるいは白人の妻となったり、セカンドワイフにおさまったりする者もたくさんいました。日本人同士で所帯をもった者もいました。
太平洋戦争のはじまりと同時に日本に戻された者も多いのですが、戦中・戦後も異国にあって、誰知らずひっそりと世を去る老からゆきさんも多くいました。
現在ではどの国にも、生存しているからゆきさんはいないと思われます。
http://www.karayukisan.jp/no2/index.html
http://www.karayukisan.jp/no3/index.html
★米帝から「売娼輸出」を非難されていた明治のニッポン
http://anarchist.seesaa.net/article/19420494.html
満州では日本人自治体が彼女達から高額の税金を取っていたとか。
★からゆきさん
Q11:どんな暮らしぶりだったの?
娼館での日常生活は、基本的に日本と同じでした。食べるものも、着るものも可能な限り日本風でした。その要求にこたえるために、いろんな商売の男たちが次々に海を渡りました。"女の財産は着物"の時代だったので、呉服屋などは有卦(うけ)に入ったのです。
明治の世になって、まず国を飛び出していったのがからゆきさん、それを追っかけて、おとこからゆきともいわれる男たちが一旗あげようと出て行ったのです。
【日清、日露の戦役のときの軍艦や大砲などの、少なくない部分がからゆきさんからの仕送りでまかなわれた、というのはあれこれの本にみかける説です。】
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Q12:で、本人たちは最後はどうなったの?
私が各国に散らばる日本人墓地にあるからゆきさんの墓を調べて、一体いくつぐらいで亡くなったんだろうと平均寿命を出してみたら、21,6歳でした。
これは昔風の”数え”の歳であって、今風の"満"の数え方でいくと20歳ぐらいになります。
半分ははたちそこそこで死んでいってることになります。
【売られて4、5年でマラリアなどの風土病、性病、肺病、阿片などで若い命を散らしていったのです。】
(どら・・皇軍の慰安婦にされた女性たちも、病気になっても治療もされず、打ち棄てられたと言う証言がある)
故国の家族は命日を知ることもなかったでしょう。仕送りがこなくなると、何かあったのでは、と案じるだけだったでしょう。
日本人墓地に墓を建ててもらったからゆきさんは、私の考えでは100人に1人、多くて2人ぐらいのものだったでしょう。
ほとんどはそこいらで焼いて埋めるか、海や密林に放り投げるか、だったといいます。
まだ息はあるのにワニのえさに売られた娘も少なくない、と語った人もいます。
身請けされて、現地人や中国人、あるいは白人の妻となったり、セカンドワイフにおさまったりする者もたくさんいました。日本人同士で所帯をもった者もいました。
太平洋戦争のはじまりと同時に日本に戻された者も多いのですが、戦中・戦後も異国にあって、誰知らずひっそりと世を去る老からゆきさんも多くいました。
現在ではどの国にも、生存しているからゆきさんはいないと思われます。
http://www.karayukisan.jp/no2/index.html
http://www.karayukisan.jp/no3/index.html
★米帝から「売娼輸出」を非難されていた明治のニッポン
http://anarchist.seesaa.net/article/19420494.html
満州では日本人自治体が彼女達から高額の税金を取っていたとか。
これは メッセージ 21222 (asia1867 さん)への返信です.