天皇の軍隊の非道
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/02/01 22:46 投稿番号: [21019 / 29399]
沖縄の南西諸島にも次々と・・・130箇所以上慰安所は開設されたが、
住民に対する【強姦】は
旅団長の
「焼カズ、取ラズ、犯サズ、ノ三原則ニ徹セヨ」の厳命があっても無視された。
★沖縄(南西諸島)の「慰安所」*2
南西諸島の防備のため第32軍が創設されたのは1944年3月22日である。
兵力は逐次増強され、8月をピークに南西諸島各地に上陸する。したがって、慰安所の設置は一部の例外を除いてそれ以降となる。
当初、軍の慰安所に対して住民は少なからず反発を示した。・・・
また、渡嘉敷(とかしき)島では慰安所設置を知った女子青年団長ら数名が
【赤松嘉次海上挺進第3戦隊長に設置取り消しを訴えたが、】
村長らに慰安所設置は島の女子青年らへの強姦を防止するため必要だと説得され、意見をひるがえした*3
(中略)
沖縄の人々の調査によると、【南西諸島には約130カ所の慰安所】があった*4。・・・
(中略)
・・・軍は沖縄上陸当初から県当局に慰安所設置の申し入れをしたが、当時の県知事泉守紀は「ここは満州や南方ではない。少なくとも皇土の一部である。皇土の中に、そのような施設をつくることはできない」と拒否した*5。・・・
(中略)
ところで、【慰安所が設置される一方で、沖縄の女性に対する性犯罪】が少なからず発生した。・・・
・・・十・十空襲後、混乱に乗じて、掠奪、強姦が次々に発生し・・・
沖縄の住民があえて「占領地二非ズ・・・*6」の立て札を掲げなければならなかった・・・
(中略)
1945年1月13日付、
「軍並旅団ニ於ケル副官会同会報事項」の「旅団長注意事項」では端的に
「焼カズ、取ラズ、犯サズ、ノ三原則ニ徹セヨ」
といましめているほどである*7。だが、こうした厳命がくり返されたにもかかわらず、強姦はたびたび発生した・・・
1945年3月23日、米軍は沖縄に対し、猛攻撃を開始する。4月1日、沖縄本島に上陸を開始し、沖縄本島の細くくびれた中部を占領、南部と北部に分断した。第32軍の指令部壕のあった首里にいたる中部で激しい戦闘がくりひろげられたが、
5月末、日本軍は首里を撤退、南部の摩文仁(まぶに)へ向かう。
このとき、住民に対する配慮がほとんどなされなかったため、多くの住民が首里と南部のあいだを彷徨、多数の犠牲者を出した。
このような戦闘状況の中でさえ強姦事件が発生した。
米軍が近づいてきていた南部の壕で2人の女性が日本兵に強姦されたという住民の証言がある。
そのうち1人は、発熱していたのに注射をうたれ、兵隊にくりかえし強姦されていた*8。
(中略)
沖縄戦では日本軍も住民も多くの犠牲者を出した。
日本軍の戦死者は約9万4000名、
住民の死亡者は十数万人にも及んだ。
当時の沖縄の人口は約45万人であったから、ほぼ3,4人に1人の割合で犠牲者が出たことになる。
慰安婦も住民同様、いやもっと高率の犠牲者を出したに違いない。
http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20080715/p1
こういった沖縄住民に対する強姦を軍は【処罰した】のか。
そういった文書を見たことがない。
軍の命令がどうであれ【略奪・強姦】は止むことはなかった。
ガザにおける【イスラエル侵略軍】の【非道】も惨いものだが、
同じく強姦という女性への殺人も実行されているそうだ。
生きながらにして、徐々に人間をも焼き尽くす白燐弾まで使っている。
侵略軍のやることは何処でも同じ。
住民に対する【強姦】は
旅団長の
「焼カズ、取ラズ、犯サズ、ノ三原則ニ徹セヨ」の厳命があっても無視された。
★沖縄(南西諸島)の「慰安所」*2
南西諸島の防備のため第32軍が創設されたのは1944年3月22日である。
兵力は逐次増強され、8月をピークに南西諸島各地に上陸する。したがって、慰安所の設置は一部の例外を除いてそれ以降となる。
当初、軍の慰安所に対して住民は少なからず反発を示した。・・・
また、渡嘉敷(とかしき)島では慰安所設置を知った女子青年団長ら数名が
【赤松嘉次海上挺進第3戦隊長に設置取り消しを訴えたが、】
村長らに慰安所設置は島の女子青年らへの強姦を防止するため必要だと説得され、意見をひるがえした*3
(中略)
沖縄の人々の調査によると、【南西諸島には約130カ所の慰安所】があった*4。・・・
(中略)
・・・軍は沖縄上陸当初から県当局に慰安所設置の申し入れをしたが、当時の県知事泉守紀は「ここは満州や南方ではない。少なくとも皇土の一部である。皇土の中に、そのような施設をつくることはできない」と拒否した*5。・・・
(中略)
ところで、【慰安所が設置される一方で、沖縄の女性に対する性犯罪】が少なからず発生した。・・・
・・・十・十空襲後、混乱に乗じて、掠奪、強姦が次々に発生し・・・
沖縄の住民があえて「占領地二非ズ・・・*6」の立て札を掲げなければならなかった・・・
(中略)
1945年1月13日付、
「軍並旅団ニ於ケル副官会同会報事項」の「旅団長注意事項」では端的に
「焼カズ、取ラズ、犯サズ、ノ三原則ニ徹セヨ」
といましめているほどである*7。だが、こうした厳命がくり返されたにもかかわらず、強姦はたびたび発生した・・・
1945年3月23日、米軍は沖縄に対し、猛攻撃を開始する。4月1日、沖縄本島に上陸を開始し、沖縄本島の細くくびれた中部を占領、南部と北部に分断した。第32軍の指令部壕のあった首里にいたる中部で激しい戦闘がくりひろげられたが、
5月末、日本軍は首里を撤退、南部の摩文仁(まぶに)へ向かう。
このとき、住民に対する配慮がほとんどなされなかったため、多くの住民が首里と南部のあいだを彷徨、多数の犠牲者を出した。
このような戦闘状況の中でさえ強姦事件が発生した。
米軍が近づいてきていた南部の壕で2人の女性が日本兵に強姦されたという住民の証言がある。
そのうち1人は、発熱していたのに注射をうたれ、兵隊にくりかえし強姦されていた*8。
(中略)
沖縄戦では日本軍も住民も多くの犠牲者を出した。
日本軍の戦死者は約9万4000名、
住民の死亡者は十数万人にも及んだ。
当時の沖縄の人口は約45万人であったから、ほぼ3,4人に1人の割合で犠牲者が出たことになる。
慰安婦も住民同様、いやもっと高率の犠牲者を出したに違いない。
http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20080715/p1
こういった沖縄住民に対する強姦を軍は【処罰した】のか。
そういった文書を見たことがない。
軍の命令がどうであれ【略奪・強姦】は止むことはなかった。
ガザにおける【イスラエル侵略軍】の【非道】も惨いものだが、
同じく強姦という女性への殺人も実行されているそうだ。
生きながらにして、徐々に人間をも焼き尽くす白燐弾まで使っている。
侵略軍のやることは何処でも同じ。