取扱高年560億・・・日本の政策
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/10/10 00:42 投稿番号: [20733 / 29399]
★「日中戦争当時、旧日本軍が中国東北部の旧満州国でアヘンの生産と販売を独占した上、
治療した中毒患者の中国人を炭坑現場などで労働者として動員する計画を進めていたことが、愛知県立大(愛知県長久手町)の倉橋正直教授(65)=東洋史=の研究で分かった。
倉橋教授によると、アヘンの専売は国際条約違反だったが、日本は旧満州国の農村部でアヘンを生産させ、都市部で販売。その収益で占領地支配の財政や軍事費を支える仕組みを作っていた」
2008/8月17日 中日新聞http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008081702000076.html
#
・・
昨日の朝日新聞記事。
朝日新聞8/16
アヘン王、巨利の足跡 新資料、旧日本軍の販売原案も
http://www.asahi.com/national/update/0816/OSK200808160057.html
「日中戦争中、中国占領地でアヘン流通にかかわり「アヘン王」と呼ばれた里見甫(はじめ)(1896〜1965)が、アヘンの取扱高などを自ら記した資料や、
旧日本軍がアヘン販売の原案を作っていたことを示す資料が日本と中国で相次いで見つかった。
【取扱高は現在の物価で年560億円】にのぼり、
旧日本軍がアヘン流通で巨利を得ていたことがうかがえる。
日本側の資料は「華中宏済善堂内容概記」で、国立国会図書館にある元大蔵官僚・毛里英於菟(もうり・ひでおと)の旧所蔵文書に含まれていた。
この文書には、里見の中国名「李鳴」が記され、付属する文書に里見の署名がある。毛里は戦時総動員体制を推進した「革新官僚」の一員で、里見の友人だった。内容から42年後半の作成とみられる。
文書によると、日本軍の上海占領とともに三井物産が中東からアヘンの輸入を開始。
アヘン流通のため、日本が対中国政策のために置いた「興亜院」の主導で、
「中華民国維新政府」内に部局が置かれ、民間の営業機関として宏済善堂が上海に設立された。
「証言・日中アヘン戦争」江口圭一編から:
私は数年前に「日中アヘン戦争」(岩波新書、1988年)という本を書きました。いささか意表をつくタイトルで、はて、こんな戦争いつあったかしらと不審に思われた方もおられたようです。
実は、日本は15年戦争の時期を通じて大量のアヘンを中国で販売し、それを中国支配の重要な手段としていました。アヘンはもちろん国際条約によって禁止されている麻薬ですが、日本は国策として中国でアヘンを売りまくりました。
その目的は、一つは「満州国」をはじめとする傀儡政権の財源や謀略工作の資金を獲得すること、いま一つはアヘン中毒によって中国の抗戦力を麻痺させることでした。
中国はこの日本のアヘン政策を「毒化政策」として非難しましたが、たしかにアヘン政策は毒ガス戦や細菌戦とならぶ日本の戦争犯罪でした。
日中戦争は実は大規模なアヘン戦争であったという意味で、「日中アヘン戦争」と呼んだわけです。
江口圭一『日中アヘン戦争』(岩波新書、1988年)から:
【国際連盟の前記の会議議事記録は、】
「有名な満州および熱河の魔窟と工場についで、天津日本人居留地は中国本部[中国中央部]および世界のヘロイン中心地となった。中国民族のみならず、世界のすべての他の国々が弱体化され、堕落させられるのはここから始まるのである。」 と述べており、日本は全世界の非難の矢面に立たされていた。
・・ 重視されねばならないのは、この毒化政策が出先の軍や機関のものではなく、また偶発的ないし一時的なものでもなくて、
【日本国家そのものによって組織的・系統的に遂行されたという事実】である。
日本のアヘン政策は、【首相を総裁とし、外・蔵・陸・海相を副総裁とする興亜院およびその後身の大東亜省によって管掌され、立案され、指導され、国策として計画的に展開されたのである。】
それは日本国家によるもっとも大規模な戦争犯罪であり、非人道的行為であった。
・・
http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-08-17
治療した中毒患者の中国人を炭坑現場などで労働者として動員する計画を進めていたことが、愛知県立大(愛知県長久手町)の倉橋正直教授(65)=東洋史=の研究で分かった。
倉橋教授によると、アヘンの専売は国際条約違反だったが、日本は旧満州国の農村部でアヘンを生産させ、都市部で販売。その収益で占領地支配の財政や軍事費を支える仕組みを作っていた」
2008/8月17日 中日新聞http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008081702000076.html
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昨日の朝日新聞記事。
朝日新聞8/16
アヘン王、巨利の足跡 新資料、旧日本軍の販売原案も
http://www.asahi.com/national/update/0816/OSK200808160057.html
「日中戦争中、中国占領地でアヘン流通にかかわり「アヘン王」と呼ばれた里見甫(はじめ)(1896〜1965)が、アヘンの取扱高などを自ら記した資料や、
旧日本軍がアヘン販売の原案を作っていたことを示す資料が日本と中国で相次いで見つかった。
【取扱高は現在の物価で年560億円】にのぼり、
旧日本軍がアヘン流通で巨利を得ていたことがうかがえる。
日本側の資料は「華中宏済善堂内容概記」で、国立国会図書館にある元大蔵官僚・毛里英於菟(もうり・ひでおと)の旧所蔵文書に含まれていた。
この文書には、里見の中国名「李鳴」が記され、付属する文書に里見の署名がある。毛里は戦時総動員体制を推進した「革新官僚」の一員で、里見の友人だった。内容から42年後半の作成とみられる。
文書によると、日本軍の上海占領とともに三井物産が中東からアヘンの輸入を開始。
アヘン流通のため、日本が対中国政策のために置いた「興亜院」の主導で、
「中華民国維新政府」内に部局が置かれ、民間の営業機関として宏済善堂が上海に設立された。
「証言・日中アヘン戦争」江口圭一編から:
私は数年前に「日中アヘン戦争」(岩波新書、1988年)という本を書きました。いささか意表をつくタイトルで、はて、こんな戦争いつあったかしらと不審に思われた方もおられたようです。
実は、日本は15年戦争の時期を通じて大量のアヘンを中国で販売し、それを中国支配の重要な手段としていました。アヘンはもちろん国際条約によって禁止されている麻薬ですが、日本は国策として中国でアヘンを売りまくりました。
その目的は、一つは「満州国」をはじめとする傀儡政権の財源や謀略工作の資金を獲得すること、いま一つはアヘン中毒によって中国の抗戦力を麻痺させることでした。
中国はこの日本のアヘン政策を「毒化政策」として非難しましたが、たしかにアヘン政策は毒ガス戦や細菌戦とならぶ日本の戦争犯罪でした。
日中戦争は実は大規模なアヘン戦争であったという意味で、「日中アヘン戦争」と呼んだわけです。
江口圭一『日中アヘン戦争』(岩波新書、1988年)から:
【国際連盟の前記の会議議事記録は、】
「有名な満州および熱河の魔窟と工場についで、天津日本人居留地は中国本部[中国中央部]および世界のヘロイン中心地となった。中国民族のみならず、世界のすべての他の国々が弱体化され、堕落させられるのはここから始まるのである。」 と述べており、日本は全世界の非難の矢面に立たされていた。
・・ 重視されねばならないのは、この毒化政策が出先の軍や機関のものではなく、また偶発的ないし一時的なものでもなくて、
【日本国家そのものによって組織的・系統的に遂行されたという事実】である。
日本のアヘン政策は、【首相を総裁とし、外・蔵・陸・海相を副総裁とする興亜院およびその後身の大東亜省によって管掌され、立案され、指導され、国策として計画的に展開されたのである。】
それは日本国家によるもっとも大規模な戦争犯罪であり、非人道的行為であった。
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http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-08-17
これは メッセージ 20720 (nyankotyanndamon さん)への返信です.