2400円どころではなく、1000万円
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/09/28 23:51 投稿番号: [20719 / 29399]
★【瀘過器論】○岸信介(ノブスケ)の政治資金に対する持論。
武藤富男『私と満州国』で次のように語ったことが記されている。
「諸君が選挙に出ようとすれば、資金がいる。如何にして資金を得るかが問題なのだ。当選して政治家になった後も同様である。
政治資金は瀘過器を通ったものでなければならない。
つまりきれいな金ということだ。瀘過をよくしてあれば、問題が起っても、それは瀘過のところでとまって、政治家その人には及ばぬのだ。そのようなことを心がけておかねばならん」。
参照⇒まねーろんだりんぐ(マネーロンダリング)
http://w021.q.fiw-web.net/pddjapn/pddj.cgi?mode=log&no=207&page=31
↑ 岸信介が、【満州を去る前夜に友人達を前に語った言葉】
★岸は同僚官吏はもとより、民間人、それもいわゆる満州浪人、無頼漢に至るまで、
【彼のそばに来るものには惜しげもなくカネを与えた】といわれる。
その最も顕著な事例の一つが、【甘粕正彦】への資金提供である。
甘粕は、憲兵隊の大尉時代、すなわち大正12年9月に無政府主義者【大杉栄らを扼殺した】として、懲役10年の刑に処せられ、(同年12月)、同15年出獄の後、昭和4年に渡満する。
満州で諜報諜略活動に身を投じ、満州事変、日中戦争を初めとするあらゆる重大事件の謀略は甘粕を抜きにしては考えられなかった。
【満州の陰の帝王】といわれたのもゆえなしとしない。
岸が甘粕を後に(昭和14年)国策会社満映(満州映画協会)の理事長に据えたことからも分かるように、
岸と甘粕は満州で終始一貫密接な関係にあったことは事実である。
古海忠之はこう回想する。
【例えばこんな話がある。甘粕正彦の排英工作・・・、要するに特務だな。
この甘粕の為に、岸さんが1000万円作ってやったことがある。
「1000万円」といえば、少なくとも今のおよそ「85億円」にはなるだろう。
古海が甘粕のこの資金調達依頼を岸に取り次いだところ、岸は
【それくらい大した事はないといって、あっさりその場で引き受けたという】
甘粕のカネ遣いは、そのスケールにおいてケタはずれであった。
アヘン密売によるところが大きかったといわれる。
・・
しかも重要な事は、
満州における岸のあのカネ離れのよさが、アヘン密売と何らかの関係があったのかどうか、ということである。
古海忠之は言う。
【アヘンについては、支那とか満州で一手にやっていた里見という男がいた。
これは私の相棒だ。
アヘンは私と里見が全て取り仕切っていたのであって、甘粕も岸さんも全く関係ないのだ】(同書)
それにしても、
満州国政府の幹部として総務庁主計処庁を務めていた古海が、アヘンを
【全て取り仕切っていた】という事は、
【すなわち満州国政府そのものがアヘン密売の当事者であったことを意味する】。
しかも古海は
【岸総務庁次長の忠実な部下であったこと、岸と里見が密接な関係であったこと、
そして、岸・甘粕間に太いパイプがあったこと等々から割り出されるこの相関図を前にするとき、
さて【この相関図から、改めて岸を捨象する事は難しい】。
・・以上「岸信介 岩波新書 原彬久著 P74」から
武藤富男『私と満州国』で次のように語ったことが記されている。
「諸君が選挙に出ようとすれば、資金がいる。如何にして資金を得るかが問題なのだ。当選して政治家になった後も同様である。
政治資金は瀘過器を通ったものでなければならない。
つまりきれいな金ということだ。瀘過をよくしてあれば、問題が起っても、それは瀘過のところでとまって、政治家その人には及ばぬのだ。そのようなことを心がけておかねばならん」。
参照⇒まねーろんだりんぐ(マネーロンダリング)
http://w021.q.fiw-web.net/pddjapn/pddj.cgi?mode=log&no=207&page=31
↑ 岸信介が、【満州を去る前夜に友人達を前に語った言葉】
★岸は同僚官吏はもとより、民間人、それもいわゆる満州浪人、無頼漢に至るまで、
【彼のそばに来るものには惜しげもなくカネを与えた】といわれる。
その最も顕著な事例の一つが、【甘粕正彦】への資金提供である。
甘粕は、憲兵隊の大尉時代、すなわち大正12年9月に無政府主義者【大杉栄らを扼殺した】として、懲役10年の刑に処せられ、(同年12月)、同15年出獄の後、昭和4年に渡満する。
満州で諜報諜略活動に身を投じ、満州事変、日中戦争を初めとするあらゆる重大事件の謀略は甘粕を抜きにしては考えられなかった。
【満州の陰の帝王】といわれたのもゆえなしとしない。
岸が甘粕を後に(昭和14年)国策会社満映(満州映画協会)の理事長に据えたことからも分かるように、
岸と甘粕は満州で終始一貫密接な関係にあったことは事実である。
古海忠之はこう回想する。
【例えばこんな話がある。甘粕正彦の排英工作・・・、要するに特務だな。
この甘粕の為に、岸さんが1000万円作ってやったことがある。
「1000万円」といえば、少なくとも今のおよそ「85億円」にはなるだろう。
古海が甘粕のこの資金調達依頼を岸に取り次いだところ、岸は
【それくらい大した事はないといって、あっさりその場で引き受けたという】
甘粕のカネ遣いは、そのスケールにおいてケタはずれであった。
アヘン密売によるところが大きかったといわれる。
・・
しかも重要な事は、
満州における岸のあのカネ離れのよさが、アヘン密売と何らかの関係があったのかどうか、ということである。
古海忠之は言う。
【アヘンについては、支那とか満州で一手にやっていた里見という男がいた。
これは私の相棒だ。
アヘンは私と里見が全て取り仕切っていたのであって、甘粕も岸さんも全く関係ないのだ】(同書)
それにしても、
満州国政府の幹部として総務庁主計処庁を務めていた古海が、アヘンを
【全て取り仕切っていた】という事は、
【すなわち満州国政府そのものがアヘン密売の当事者であったことを意味する】。
しかも古海は
【岸総務庁次長の忠実な部下であったこと、岸と里見が密接な関係であったこと、
そして、岸・甘粕間に太いパイプがあったこと等々から割り出されるこの相関図を前にするとき、
さて【この相関図から、改めて岸を捨象する事は難しい】。
・・以上「岸信介 岩波新書 原彬久著 P74」から
これは メッセージ 20681 (nyankotyanndamon さん)への返信です.