Re: 南京事件に至るまで 1
投稿者: dr1937nanking 投稿日時: 2008/01/15 13:39 投稿番号: [19965 / 29399]
中国は日本と戦う事を事前に計画していた。
中華民国国防部史政処編の『抗戦簡史』にはこの間の模様を次のように述べている。
「民国24(1935)年冬、張治中にひそかに命じて南京・上海方面の抗戦工事を準備させ、戦争が避けることが出来なくなったとき、我が方は優秀な兵力をもって敵の不意に出て、上海の敵全部を殲滅してこれを占領し、じ後、上海周辺の各要点にひそかに堅固なる陣地を築き、わが大軍の集中を援護させ、さらに常熟呉県において洋澄湖、澱山湖を利用し、堅強の主陣地帯(呉福陣地)を、また江陰―無錫間に後方陣地帯(錫澄陣地)を構築した。
民国25(1936)年、幹部参謀旅行演習を実施するとともに、徐家□(一字不明)、紅橋、真茹、閘北停車場、江湾(きゃんわん)、大場鎮(編者注・いずれも非武装地帯)の各要点に包囲攻撃陣地を構築し、呉福(呉江―福山)陣地の増強、京滬(けいこ、南京―上海)鉄道の改築、後方自動車道路の建設、長江及び交通・通信の改善、民衆の組織・訓練などを実施した」
この停戦協定違反について、岡本李正上海総領事は、8月6日、在留居留民に対し租界内に退避するよう命令し、12日に、兪上海市長に対し保安隊の非武装地帯よりの撤退を要求し、同時に締約国である米・英・仏・伊をもって組織する協定共同委員会に呼びかけ、共同抗議および何らかの制裁措置をこうずるよう提案を行った。
これは メッセージ 19947 (victor_e_frankl さん)への返信です.
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