南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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沖縄県民さえ激怒させる日本とは大違い

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2007/10/15 23:51 投稿番号: [19522 / 29399]
★恥ずべき歴史を勇気を持って認めるドイツ



4月11日はドイツ・ブーヘンワルト強制収容所解放60周年の日だった。

同強制収容所はドイツ東部の都市ワイマールの近くにあり、かつてナチスがユダヤ人と政治犯を拘束した場所だ。第二次世界大戦中、同収容所は約25万人を拘束し、そのうち5万6000人がナチスによってさまざまな方法で殺された。


10日の記念行事はドイツ各地で同時に行われた。ドイツがナチス収容所解放の記念式典を全国的に同時に行うのは戦後初めてだ。

ドイツのシュレーダー首相はじめ政界要人や社会各界の人々、およびイスラエルなど26カ国から来た約500人以上の同収容所生存者、収容所を当時解放した元連合軍兵士、欧州各国の若者の代表が記念行事に参加した。


シュレーダー首相は記念大会終了後、ブーヘンワルト強制収容所跡地を訪れ、記念碑の前に花輪を捧げた。


首相は「ナチスの暴行に対して、ドイツは道義的、政治的責任があることを歴史に刻んできた。


歴史の悲劇をいつまでも忘れてはいけない。二度と繰り返してはならない」と述べた。

首相は被害者とその家族の前で「私はあなたがたに頭を垂れる。私たちは歴史を変えることはできない。

だが私たちの歴史で最も恥ずべき1ページから多くのことを学ぶことができる」と語った。

  

第二次世界大戦終結以来、ドイツ歴代の大統領と首相はみな異なる場面と時期にドイツ国民を代表して反省、謝罪、悔悟を表してきた。


西ドイツ初代首相のアデナウアー氏が就任後真っ先に行ったことは、

「宿敵」であるフランスに心からの謝罪をしたことだった。


1970年には当時の西ドイツ首相ブラント氏がポーランドを訪れ、ワルシャワのゲットー記念碑の前にひざまずき「こうすべきであったのに、こうしなかったすべての人たちに代わってひざまずく」と表明した。


1995年6月、ドイツのコール前首相はブラント氏に続き、イスラエルのホロコースト記念碑の前に両膝をつき、国家としての謝罪を重ねて表明した。


【次世代の人を教育するために、ドイツ政府は多くのナチス強制収容所跡地を記念館としているほか、教科書ではナチスの犯罪を暴く内容を増やしている。】


毎年言葉による謝罪と精神的な悔悟をしているほか、ドイツはまた関係法を制定して、ナチスの再興を防いでいる。


特に殊勝な点は、彼らが相前後してポーランド、ロシア、チェコなど被害国に対して、特に被害を受けたユダヤ民族に対して550億ユーロに近い賠償を行っていることだ。


今日、ブーヘンワルト強制収容所解放60周年に際し、シュレーダー首相の心からの謝罪はまた欧州と世界を感動させた。


ロイター通信は評論で「現在のドイツはもう過去と徹底的に決別した」と報じた。


今日ではドイツがかつてもたらした傷が気になるというヨーロッパ人はそう多くはいない。ドイツ人は自ら当時の歴史をしっかり心に刻み、絶えず反省し、批評のレベルを高めてきた。


ドイツの週刊誌「シュピーゲル」のアンケートによると、シュレーダー首相は最近の第二次世界大戦における正しい姿勢によって、支持率86%を得た。ヨーロッパ第二次世界大戦研究センターの研究者は「ヨーロッパ人は当時の歴史を忘れていないでしょう。しかしナチス・ヒトラーへの憎しみを今のドイツに重ねることはないし、ドイツでナチスが復活することを心配する人もいない。これはドイツに深い反省と心からの悔悟があるからです」と話している。


ドイツは実際の行動で世界の人々にこう伝えている。一つの国、一つの民族が勇気を持って自ら反省し、歴史を正面からとらえ、歴史を鑑(かがみ)とし、行動を伴ってこそ、国際社会の信頼と尊重を勝ち取ることができる。

(編集ZX)

「人民網日本語版」2005年4月15日
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