原告 梅澤裕 意見陳述書
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2007/09/27 01:29 投稿番号: [19452 / 29399]
原告 梅澤裕 意見陳述書
意見陳述書 沖縄集団自決冤罪訴訟第1回口頭弁論(平成17年10月28日)
一、 梅澤裕でございます。現在、満八八歳になります。
座間味島島民の集団自決は私の命令によるものと報道されて以来、今日に至るまで、約半世紀にわたり、汚名に泣き、苦しんで参りました。
それら辛酸の数々と、この裁判に賭ける思いを、裁判官様に是非ともご理解戴きたく、この場をお借りして意見を述べさせて戴きます。
・・・・・・・・
五、ところが昭和三三年頃、週刊誌に慶良間諸島の集団自決が写真入りで載り、座間味島の梅澤少佐が島民に自決命令を出したと報じられました。
私は愕然たる思いに我を失いました。そして一体どうして、このような嘘が世間に報じられるのかと思いました。
たちまち我が家は、どん底の状態となりました。人の顔を見ることが辛い状態となりました。実際に勤めていた職場にいずらくて仕事を辞める寸前の心境にまで追い込まれましたし、妻や二人の息子にも世間の目に気兼ねした肩身の狭い思いをさせる中で生きることになりました。
六、 以後、沖縄返還問題に絡め、集団自決の問題はマスコミの格好の標的とされました。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などで、ありもしなかった「自決命令」のことが堂々と報じられるとは、一体どうしたことか。座間味島の人達と励まし合いながら、お国の為に戦って来たのに、どうして事実が捻じ曲げられて報じられるのか。どうしてそのようなことが許されるのか。
余りの屈辱と、辛さと、理不尽さに、人間不信に陥りました。孤独の中で、人生の終わりを感じたことすらありました。
七、しかし、昭和五七年六月二三日に「ざまみ会一同地蔵尊建立慰霊祭」が座間味村で行なわれた際に、私は昭和二○年三月二五日に私を訪ねた五人のたった一人の生き残りであった宮城初枝さんから「戦傷病者戦没者遺族援護の申請の際に、梅澤隊長の自決命令があったと記載しましたが、それは事実ではなく梅澤隊長は自決命令を出しておりません。申し訳ありません」と詫びて貰いました。
さらに昭和六二年三月二八日には自決した宮里盛秀氏の実弟で座間味村の戦傷病者戦没者遺族の援護を担当した宮村幸延氏からは援護申請のために梅沢隊長の自決命令があったと虚偽を記載して申請したことを、申し訳ありませんと詫びの念書を貰いました。
これで、世間もおさまってくれるだろうし、座間味の人の苦労を考えると補償が得られ、助かり、沖縄が復興するのであるから私一人が悪者になったことも意味があったかとも思いました。
ところが私に対する事実に反する誹謗中傷はなお、やまないままでありました。
・・・・・・・・
http://blog.zaq.ne.jp/osjes/article/9/
念書という言い逃れの出来ない書証が出てくると、念書は泥酔状態で騙し取ったものだと言い掛かりをつける恥知らずな被告弁護団(藁
サヨクの語る「人権」など所詮はこんなものよ(嘲笑
意見陳述書 沖縄集団自決冤罪訴訟第1回口頭弁論(平成17年10月28日)
一、 梅澤裕でございます。現在、満八八歳になります。
座間味島島民の集団自決は私の命令によるものと報道されて以来、今日に至るまで、約半世紀にわたり、汚名に泣き、苦しんで参りました。
それら辛酸の数々と、この裁判に賭ける思いを、裁判官様に是非ともご理解戴きたく、この場をお借りして意見を述べさせて戴きます。
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五、ところが昭和三三年頃、週刊誌に慶良間諸島の集団自決が写真入りで載り、座間味島の梅澤少佐が島民に自決命令を出したと報じられました。
私は愕然たる思いに我を失いました。そして一体どうして、このような嘘が世間に報じられるのかと思いました。
たちまち我が家は、どん底の状態となりました。人の顔を見ることが辛い状態となりました。実際に勤めていた職場にいずらくて仕事を辞める寸前の心境にまで追い込まれましたし、妻や二人の息子にも世間の目に気兼ねした肩身の狭い思いをさせる中で生きることになりました。
六、 以後、沖縄返還問題に絡め、集団自決の問題はマスコミの格好の標的とされました。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などで、ありもしなかった「自決命令」のことが堂々と報じられるとは、一体どうしたことか。座間味島の人達と励まし合いながら、お国の為に戦って来たのに、どうして事実が捻じ曲げられて報じられるのか。どうしてそのようなことが許されるのか。
余りの屈辱と、辛さと、理不尽さに、人間不信に陥りました。孤独の中で、人生の終わりを感じたことすらありました。
七、しかし、昭和五七年六月二三日に「ざまみ会一同地蔵尊建立慰霊祭」が座間味村で行なわれた際に、私は昭和二○年三月二五日に私を訪ねた五人のたった一人の生き残りであった宮城初枝さんから「戦傷病者戦没者遺族援護の申請の際に、梅澤隊長の自決命令があったと記載しましたが、それは事実ではなく梅澤隊長は自決命令を出しておりません。申し訳ありません」と詫びて貰いました。
さらに昭和六二年三月二八日には自決した宮里盛秀氏の実弟で座間味村の戦傷病者戦没者遺族の援護を担当した宮村幸延氏からは援護申請のために梅沢隊長の自決命令があったと虚偽を記載して申請したことを、申し訳ありませんと詫びの念書を貰いました。
これで、世間もおさまってくれるだろうし、座間味の人の苦労を考えると補償が得られ、助かり、沖縄が復興するのであるから私一人が悪者になったことも意味があったかとも思いました。
ところが私に対する事実に反する誹謗中傷はなお、やまないままでありました。
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http://blog.zaq.ne.jp/osjes/article/9/
念書という言い逃れの出来ない書証が出てくると、念書は泥酔状態で騙し取ったものだと言い掛かりをつける恥知らずな被告弁護団(藁
サヨクの語る「人権」など所詮はこんなものよ(嘲笑
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.