慰安所は国策だから・・
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2007/08/22 00:23 投稿番号: [19164 / 29399]
騙して連行も、文字通りの強制連行も、軍は認知していた。
しかし【黙認】していたわけだ。
強制連行で有名な【白馬事件】も、
【軍高官は抗議され、慰安所だけは閉鎖したが・・・当事者の将校などは
日本軍によっては処罰されなかった】
http://www006.upp.so-net.ne.jp/nez/ian/#hakuba
★インドネシア「モア島」強制連行
国立国会図書館所蔵の極東軍事裁判の関係文書の中に、日本軍人の戦争犯
罪を立証する尋問調書が見つかった。指揮官だった陸軍中尉が(インドネシ
ア)モア島で現地の女性をむりやり「慰安婦」にしたことが供述されている。
問「ある証人はあなたが婦女たちを強姦し、その婦人たちは兵営に連れて行か
れ、日本人たちの用に供せられたと言いましたが、それはほんとうですか」
答「私は兵隊たちのために娼家を一軒設け、私自身もこれを利用しました」
問「婦女たちはその娼家に行くことを快諾しましたか」
答「ある者は快諾し、ある者は快諾しませんでした」
問「幾人女がそこにおりましたか」
答「六人です」
問「その女たちのうち、幾人が娼家に入るように強いられましたか」
答「五人です」
問「どうしてそれらの婦女たちは娼家に入るように強いられたのですか」
答「彼らは憲兵隊を攻撃した者の娘たちでありました」
問「ではその婦女たちは父親のしたことの罰として娼家に入るよう強いられた
のですね」
答「左様です」
★海軍(四南遣艦隊)司令部副官である東大出身の大島主計大尉が、インドネシアでの「慰安婦」集めについておよそこう述べたことが伝えられています(禾晴道「海軍特別警察隊」太平出版社)。
・・
「司令部の方針としては、【多少の強制があっても】、できるだけ多く集めること、そのためには宣撫用の物資も用意する。
・・
そして、ひとりひとりの女性から、慰安婦として働いてもよいという承諾書をとって、
【自由意志で集まったようにする】ことにしています」
「特警隊なら通訳もいるし、【おどしもきくから】(女集めを)どうか」
これに対し、特警隊の禾(のぎ)晴道中尉は「治安維持を任務としている特警隊の信頼はまったくなくなる」ことを理由に、
「特警隊は協力することはできます。女性のリストをつくり現地人の警察隊
とか、住民のボスを利用して、反感が直接日本軍にくることを防ぐ必要があります」
と述べて、この任務を逃れました。
結局、「慰安婦」集めは民政関係の現地人警察を指導している政務隊におしつけられ、副官が中心になり、特警隊は協力し、
各警備隊・派遣隊もできるだけ候補者のリストをだして協力することにな
りました。
そうやって政務隊が「女集め」をしましたが、その後のエピソードを、担当の司政官が禾中尉に戦後、次のように語りました。
「あの慰安婦集めには、まったくひどいめに会いましたよ。サパロワ島で、
【リストに報告されていた娘を強引に船に乗せ】ようとしたとき、
いまでも忘れられないが、
娘たちの住んでいた部落の住民が、ぞくぞくと港に集まって船に近
づいてきて、娘を返せ! 娘を返せ! と叫んだ声が耳に残っていますよ。
http://www.han.org/a/half-moon/hm036.html
海軍の憲兵とされる【特警隊】も協力して【占領地で女性を強制連行】したわけです。
しかし【黙認】していたわけだ。
強制連行で有名な【白馬事件】も、
【軍高官は抗議され、慰安所だけは閉鎖したが・・・当事者の将校などは
日本軍によっては処罰されなかった】
http://www006.upp.so-net.ne.jp/nez/ian/#hakuba
★インドネシア「モア島」強制連行
国立国会図書館所蔵の極東軍事裁判の関係文書の中に、日本軍人の戦争犯
罪を立証する尋問調書が見つかった。指揮官だった陸軍中尉が(インドネシ
ア)モア島で現地の女性をむりやり「慰安婦」にしたことが供述されている。
問「ある証人はあなたが婦女たちを強姦し、その婦人たちは兵営に連れて行か
れ、日本人たちの用に供せられたと言いましたが、それはほんとうですか」
答「私は兵隊たちのために娼家を一軒設け、私自身もこれを利用しました」
問「婦女たちはその娼家に行くことを快諾しましたか」
答「ある者は快諾し、ある者は快諾しませんでした」
問「幾人女がそこにおりましたか」
答「六人です」
問「その女たちのうち、幾人が娼家に入るように強いられましたか」
答「五人です」
問「どうしてそれらの婦女たちは娼家に入るように強いられたのですか」
答「彼らは憲兵隊を攻撃した者の娘たちでありました」
問「ではその婦女たちは父親のしたことの罰として娼家に入るよう強いられた
のですね」
答「左様です」
★海軍(四南遣艦隊)司令部副官である東大出身の大島主計大尉が、インドネシアでの「慰安婦」集めについておよそこう述べたことが伝えられています(禾晴道「海軍特別警察隊」太平出版社)。
・・
「司令部の方針としては、【多少の強制があっても】、できるだけ多く集めること、そのためには宣撫用の物資も用意する。
・・
そして、ひとりひとりの女性から、慰安婦として働いてもよいという承諾書をとって、
【自由意志で集まったようにする】ことにしています」
「特警隊なら通訳もいるし、【おどしもきくから】(女集めを)どうか」
これに対し、特警隊の禾(のぎ)晴道中尉は「治安維持を任務としている特警隊の信頼はまったくなくなる」ことを理由に、
「特警隊は協力することはできます。女性のリストをつくり現地人の警察隊
とか、住民のボスを利用して、反感が直接日本軍にくることを防ぐ必要があります」
と述べて、この任務を逃れました。
結局、「慰安婦」集めは民政関係の現地人警察を指導している政務隊におしつけられ、副官が中心になり、特警隊は協力し、
各警備隊・派遣隊もできるだけ候補者のリストをだして協力することにな
りました。
そうやって政務隊が「女集め」をしましたが、その後のエピソードを、担当の司政官が禾中尉に戦後、次のように語りました。
「あの慰安婦集めには、まったくひどいめに会いましたよ。サパロワ島で、
【リストに報告されていた娘を強引に船に乗せ】ようとしたとき、
いまでも忘れられないが、
娘たちの住んでいた部落の住民が、ぞくぞくと港に集まって船に近
づいてきて、娘を返せ! 娘を返せ! と叫んだ声が耳に残っていますよ。
http://www.han.org/a/half-moon/hm036.html
海軍の憲兵とされる【特警隊】も協力して【占領地で女性を強制連行】したわけです。