南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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南京虐殺の事実は消えない①

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2007/07/22 15:02 投稿番号: [18228 / 29399]
>虐殺者がいる南京に、南京市民が増えたのか?
>30万人もの人間が殺されるのを待っていたのか?
>第一人口は20万人ではなかったか

市民が増えたのではなく、難民が増えたのだ。
そして、「虐殺者がいるところ」に増えたのではなく、包囲されたところに
難民が閉じこめられ、自由を奪われたうえで虐殺などの違法行為が発生したのだ。
避難した人々は、まさか、国際保護区でも残虐行為が起きるとは思わなかったのだろう。

国際委員会は日本軍に難民保護を申し入れたが、事実上   無視される結果になった。
南京虐殺否定派は、故意に   いくつもの事実を捻じ曲げた前提がある。
まず第一に、犠牲者の数を少なく見せるために、期間と範囲を狭く限定していることだ。
期間は12月13日の南京占領直後とし、範囲を南京城内に限定している。

しかし、南京攻防戦は、第一段の防衛線として太湖東方の福山、呉県の線、
第二段の防衛線として太湖につらなる江陰、無錫の線に陣地が構築されており、
さらに南京の直接防衛線として栖霞山、淳化鎮の線が外郭陣地、
紫金山、雨花台の線に複郭陣地が構築されていた。

日本軍の公式記録で「南京攻略戦」とするのは、12月1日大本営命令発出の際の
太湖西方の線からの南京攻略にいたる戦闘を意味している。
つまり、期間は12月13日よりも   はるか以前からをとらなければならない。

南京戦の範囲も、南京城内に限定するわけにはいかない。
中国の行政区は市の下に県があり、行政区としての南京市は、市部と近郊6県を含む。
南京戦がはじまる前、南京の市部の人口は100万を超え、
近郊県部の人口は   130万人以上だったのだ。

南京戦がはじまる前に、一部の市民には避難できた者もいるが、逆に
日本軍が包囲作戦をとったことにより、多くの周辺住民が城内に逃げ込んできた。
さらに言えば、当時の南京は   一国の首都であって、国際都市でもあった。
数多の行政機関、企業、大学が存在し、大使館など国際機関、外国人居住区もあった。
首都の人口が   わずか20万人しかなかった、というのは   あきらかな誤りだ。

百歩譲って   人口が20万だったと仮定しても、そこに近郊の住民が避難してきたのだ。
さらに、南京防衛軍の敗走者なども逃げ込んできた。
この防衛軍の人数について、南京虐殺否定派の中には   約5万人程度だった
などという主張をしているものもある(藤岡信勝著「南京大虐殺のウソ」など)。
これは、中国軍の被害者数を少なくみせるための詐術であって、何の根拠もない。
実際には、南京周辺に展開していた中国軍の兵力は
上海戦線から退却してきた部隊も加わり、少なくとも15万以上は存在していた。

もともと100万都市であった南京に、やはり100万を超す周辺県域の難民と
そのうえに中国軍の敗残兵数万が避難してきたのであるから、もしも   その一部が
日本軍の包囲網を突破して脱出できたとしても、残りがたった20万のはずがない。
南京虐殺事件を「まぼろし」と描きたい人間は、南京攻防戦の期間と範囲を  
ことさら狭くし、そのうえで南京市の人口や防衛軍の兵力を
極力小さく見積もることで、犠牲者は少数だから大虐殺ではないと言う。
しかし、いくら詭弁をろうしても   事実は消し去ることはできない。

 
 
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