南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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ユダヤ人の第一級の恩人は東條英機

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/23 22:19 投稿番号: [16020 / 29399]
>ユダヤ人の観光客は日本にはやってはこない、杉原千畝氏の顕彰はするがね、日本政府   日本国に感謝はしてやしないってことなんだよ。


そうかい?

ユダヤ人のラビ(司祭のようなもの)   マービン・トケイヤーさんは、その著 『ユダヤ製国家日本』 徳間書店の、
第一章で 「ユダヤ人の第一級の恩人はA級戦犯とされた東條英機」 と題して、長々と書いているけどね。

そして、関東軍の特務機関の機関長であった樋口季一郎少将(当時) と安江大佐が
『ゴールデン・ブック』 に名を刻まれたことも照会しているよ。


44頁
西洋諸国ではなく日本がユダヤ難民に扉を開いてくれた

関東軍司令部は一九三八(昭和十三)年一月に、「現下二於ケル対猶太民族施策要領」 を定めていた。
これは、東條参謀長が決裁したものであった。
要領は日本がユダヤ人を差別しないことについて、

「独逸其ノ他ノ列国二対シテハ我民族協和、八紘一宇ノ精神並二防共ノ大義ニ遵由スルヲ諒解セシメ誤解ナカラム」

(第四項)と、述べていた。
当時、日本とドイツは、防共協定を結んでいた。


東條と、樋口と、安江が二万人以上のユダヤ人難民を窮状から救ったのは、
・・・杉原千畝・・・の二年以上も前のことである。

三人の日本軍将校と、杉原が、ユダヤ人を救った時には、アメリカや、イギリスをはじめとする諸国が、
ユダヤ人難民に対して扉を閉じていた。

もし、このころにこれらの西洋諸国がユダヤ人難民を受け入れていたとしたら、
その後、数百万人のユダヤ人が、ナチスによって虐殺される運命から逃れることができたことだろう。

ところが、日本は扉を開いたのだった。


47頁
ドイツ外務省が日本政府に対して、大量のユダヤ人難民を満州国へ入れたことに対して、強硬な抗議を行った。
この抗議は、東京から新京の関東軍司令部へ、すぐに伝えられた。すると、
東條参謀長は難民を受け入れたのは、「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」 として、一蹴した。

62頁
難民を乗せた船が敦賀港に着く・・・日本の地方官憲は、ユダヤ人難民をきわめて好意的に扱った。

一九四二(昭和十七)年に、〝神戸ジュウコム″ は避難民についてレポートをまとめている。
この時に、すでに日本は、対米戦争に突入していた。

このレポートは、聖書(キリスト教徒にとっては旧約聖書) の 『イザヤ書』 の一節をとって、

「テマの地の住民よ。渇いている者に会って、水をやれ。のがれて来た者にパンを与えてやれ。
彼らは、剣や、抜き身の剣から、張られた弓や激しい戦いからのがれて来たのだから」

という引用から、始まっている。
日本の官憲と民衆は、・・・、聖書の 「テマの民」 の役割を演じた。

64頁
このレポートは、日本人に対する謝意に溢れている。
レポートは多くの難民が敦賀や、舞鶴に、日本の入国査証なしに到着したのにもかかわらず、
日本政府が入国を認めたことをはじめとして、

「われわれは日本の国民と官憲が不運なわれわれ難民に示した、心がこもった厚意や、同情に対して、
深い感謝の念をあらわしたい」 と、述べている。

もっとも、このレポートはユダヤ人がそのような感謝の言葉を述べたのに対して、兵庫県庁外事部長だった
長谷川勉が、「憤然として、

『このような親切は、日本の国体の精華から生まれる人道主義の当然な現れであるから、
感謝するのは、かえって礼を失することになる』

と、答えた」 と、記している。
日本はヨーロッパのキリスト教諸国と、何と違っていたことだろうか。

−−−−

このように感謝してるみたいだけど。
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