ラビア・カーディルからのメッセージ
投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/20 22:42 投稿番号: [15907 / 29399]
目のあたりにした血も凍る拷問・悲鳴・絶叫…
ウイグル人の悲劇
『諸君』2006年5月号
72〜73頁
拘置所に入ってしばらくたったある日、公安がやってきて、こう言いました。
「我々にはおまえを殴る権利は与えられていないが、心の血を一滴一滴絞り出して悔やませることはできる。
この一ケ月間、おまえは我々の質問を無視して一つも答えなかったけれど、これからはそうはいかない。
この間、心理状態や行動様式を十分研究し、一番おまえが苦悩する術を知った」
間もなくして、連れていかれた部屋の、壁を隔てた両方の隣室から、男の呻き声が聞こえてくるのに気が付きました。
ひとは様々な声を発する生き物だけれど、それは生まれて初めて聞く 「音」 で、人間の声というより、
殺される直前の牛の叫び声、或いは巨大な怪物が地底から発している叫びのようでした。
意織を失ったのか、声が途絶え、また再び叫び声が戻ってくる。
苦しそうな悲鳴に、拷問の残酷さが想像されて、全身が震え、血液が凍っていくのを感じました。
血の気がひいた私を見据え、担当の公安は私に 「調子はどうだ?」 と尋ねたのです。
それから大分たってから、一人のウイグル人青年が、二人のウイグル人の公安に肩を掴まれ引きずられて、
瀕死の状態で私の目の前に連れてこられました。
ウイグル人公安の上司なのでしょう、ついてきた一人の漢族が、「ラビア、おまえの民族英雄たちの顔を見ろ!」
と言い放ち、私が凍り付いていると、その男はまた 「右を向け」 と命令しました。
恐る恐る目線を向けると、もう一人のウイグル人青年が、同じように地面に投げ捨てられていました。
彼ら二人は、下半身ばかりが血だらけなのです。
馬の尻尾の毛を陰茎に差し込む拷問があると聞いたことがありますが……何をされたのか分りません。
酷い拷問を受けたらしく、四肢に力は無く、首も下に垂れ、ぐったりしていました。
瀕死というか、二人とも既に死んでいるのではないかと思いました。
漢族の公安が 「おいっ、ラビア・カーディル。おまえの国を独立させてくれる英雄たちの最期の姿はこうだ」
と叫んだとき、死んでいると思われた青年の一人が、「ラビア・カーディル」 の言葉に反応し、
首だけ起こして私を見据え、「アッサラームアレイコム、私のお母さん」 と苦しい息づかいで語りかけてきました。
すると公安は 「あいつはまだ死んでない。生きてるな」 というようなことを言ったと記憶しています。
その青年は、「私たちはウイグル民族のため、母親のために自らを犠牲にしようとここに来た。
なぜ、あなたがこんなところに来なければならないのですか?」 と呟くと、また意識を失っていました。
もう一人の青年はぴくりともしませんでした。
私はメディアなどに 「一番つらかったのは何ですか?」 と聞かれる度に、必ず
「この二時間が最もつらかった」 と答えます。
私は彼らと同じように拷問されるはずだったのに、私は殴られもせず、前途ある若者が私の代わりに拷問で惨殺された。
私は彼らを救わなくてはならない立場だったのに、それができなかった。
「なぜ私は何もできないのだろう」 と自らを責め、
「なぜ彼らや私がこんな目にあわなくてはならないのだろう」 と運命を呪いました……。
漢族の公安は、「今日は二つのサンプルを見せたが 私たちは毎日こういうゲームを五十人規模でやっている。
やつらの姿を見た以上、おまえは自分の考えを改めろ」
「おまえには地位も金もある。死を選ぶか、幸せを選ぶか」
「すべてのウイグル人を殺したとしても、東トルキスタン共和国を成立させはしない」
と私に向かって滔々としゃべり続けました。
・・・・
中国と戦った日本人はなぜ、私たちの所にまで来なかったのか。
彼らが来たら、私たちの運命は今とは変わっただろう。
人民解放軍が東トルキスタンに来たとき、五年後に帰るという約束だった。それが五十年間も支配している。
――――――――
日本が中国を侵略したと、罪の意識にさいなまれている、善人の皆さん、
このラビアさんの、血の叫びが聞こえないのですか!!
「中国と戦った日本人はなぜ、私たちの所にまで来なかったのか!!」という魂の叫びが。
『諸君』2006年5月号
72〜73頁
拘置所に入ってしばらくたったある日、公安がやってきて、こう言いました。
「我々にはおまえを殴る権利は与えられていないが、心の血を一滴一滴絞り出して悔やませることはできる。
この一ケ月間、おまえは我々の質問を無視して一つも答えなかったけれど、これからはそうはいかない。
この間、心理状態や行動様式を十分研究し、一番おまえが苦悩する術を知った」
間もなくして、連れていかれた部屋の、壁を隔てた両方の隣室から、男の呻き声が聞こえてくるのに気が付きました。
ひとは様々な声を発する生き物だけれど、それは生まれて初めて聞く 「音」 で、人間の声というより、
殺される直前の牛の叫び声、或いは巨大な怪物が地底から発している叫びのようでした。
意織を失ったのか、声が途絶え、また再び叫び声が戻ってくる。
苦しそうな悲鳴に、拷問の残酷さが想像されて、全身が震え、血液が凍っていくのを感じました。
血の気がひいた私を見据え、担当の公安は私に 「調子はどうだ?」 と尋ねたのです。
それから大分たってから、一人のウイグル人青年が、二人のウイグル人の公安に肩を掴まれ引きずられて、
瀕死の状態で私の目の前に連れてこられました。
ウイグル人公安の上司なのでしょう、ついてきた一人の漢族が、「ラビア、おまえの民族英雄たちの顔を見ろ!」
と言い放ち、私が凍り付いていると、その男はまた 「右を向け」 と命令しました。
恐る恐る目線を向けると、もう一人のウイグル人青年が、同じように地面に投げ捨てられていました。
彼ら二人は、下半身ばかりが血だらけなのです。
馬の尻尾の毛を陰茎に差し込む拷問があると聞いたことがありますが……何をされたのか分りません。
酷い拷問を受けたらしく、四肢に力は無く、首も下に垂れ、ぐったりしていました。
瀕死というか、二人とも既に死んでいるのではないかと思いました。
漢族の公安が 「おいっ、ラビア・カーディル。おまえの国を独立させてくれる英雄たちの最期の姿はこうだ」
と叫んだとき、死んでいると思われた青年の一人が、「ラビア・カーディル」 の言葉に反応し、
首だけ起こして私を見据え、「アッサラームアレイコム、私のお母さん」 と苦しい息づかいで語りかけてきました。
すると公安は 「あいつはまだ死んでない。生きてるな」 というようなことを言ったと記憶しています。
その青年は、「私たちはウイグル民族のため、母親のために自らを犠牲にしようとここに来た。
なぜ、あなたがこんなところに来なければならないのですか?」 と呟くと、また意識を失っていました。
もう一人の青年はぴくりともしませんでした。
私はメディアなどに 「一番つらかったのは何ですか?」 と聞かれる度に、必ず
「この二時間が最もつらかった」 と答えます。
私は彼らと同じように拷問されるはずだったのに、私は殴られもせず、前途ある若者が私の代わりに拷問で惨殺された。
私は彼らを救わなくてはならない立場だったのに、それができなかった。
「なぜ私は何もできないのだろう」 と自らを責め、
「なぜ彼らや私がこんな目にあわなくてはならないのだろう」 と運命を呪いました……。
漢族の公安は、「今日は二つのサンプルを見せたが 私たちは毎日こういうゲームを五十人規模でやっている。
やつらの姿を見た以上、おまえは自分の考えを改めろ」
「おまえには地位も金もある。死を選ぶか、幸せを選ぶか」
「すべてのウイグル人を殺したとしても、東トルキスタン共和国を成立させはしない」
と私に向かって滔々としゃべり続けました。
・・・・
中国と戦った日本人はなぜ、私たちの所にまで来なかったのか。
彼らが来たら、私たちの運命は今とは変わっただろう。
人民解放軍が東トルキスタンに来たとき、五年後に帰るという約束だった。それが五十年間も支配している。
――――――――
日本が中国を侵略したと、罪の意識にさいなまれている、善人の皆さん、
このラビアさんの、血の叫びが聞こえないのですか!!
「中国と戦った日本人はなぜ、私たちの所にまで来なかったのか!!」という魂の叫びが。
これは メッセージ 15898 (abe_malia さん)への返信です.