中国軍、長沙で自国民を焼き殺す
投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/15 22:34 投稿番号: [15784 / 29399]
「日中戦争中国も同罪だ」
悪いのは日本だけではない。
我々中国は何をしたのか
趙
無
眠(歴史研究家)
文藝春秋
2006年11月号
184〜185ページ
〈一九三八年十一月十二日午前二時、湖南省政府は日本軍が近づいてきているとの情報
(事後にこれが誤りであったと知る) に接し、
かねてから決めていたように 「焦土抗戦」 に打って出て、長沙の街に自ら火を放ったのだった。
省の警備団が動員され、街を焼く命令に従ったのだが、
彼らは石油、灯油、綿花、木炭、爆薬、手榴弾を使い、 門を閉じたまま焼き払ったのである。
もちろん、事前の通知などなく、民家の住人たちは深い眠りの中で、目覚めると同時に火の海の中にたたきこまれた。
そしてほとんどの者が生きたまま焼かれ、また窒息死し、ある者は水に飛び込んだまま茹でられてしまった。
やっと家の中から飛び出した者も、狂ったように逃げる人の波に 踏みつけられて圧死し、
河で 溺死 するという 悶絶死 をとげたのである。
この火事は結局、三日三晩、街を焼き尽くし、千年の歴史を有する名だたる都市をただのガラクタに変えてしまった。
後の統計によれば、この 火事による死者 は 約二万人 とされたが、
ここには外地から来ていた難民や傷病兵などは含まれていない。
文物の損害は計り知れず、宋、明、清、それぞれの時代の図書や貴重な文書、名画や書がすべて灰となってしまった。
そのなかには漢代の貴重な印鑑が含まれていたが、それらはすべてがただの鉄と銅の塊となってしまった。
さらにいえば、米どころとして名高い長沙の収穫米も二百万担 (一担=五十キログラム) が焼かれてしまい、
中国で四大刺繍の一つに数えられる湖南刺繍も、代々伝えられた優れた構図やデザインなどがすべて失われてしまった。
このときから中国の刺繍業界は目に見えて失速していくのである。〉
――――
彼等は、日本軍が来る前に、街を掠奪・放火し、それを、三光作戦と称して日本のせいにしていた。
しかし、今回は、日本軍が来なかったので、犯罪がバレてしまった。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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