戦後補償訴訟 独自の被害者救済に取り組め
投稿者: news_provider_neu 投稿日時: 2007/05/09 13:41 投稿番号: [15642 / 29399]
コラム社説2007年04月30日(月)付 愛媛新聞
戦後補償訴訟 独自の被害者救済に取り組め
戦時中に中国から強制連行された中国人元労働者と、中国人元従軍慰安婦が企業や国に賠償を求めた二つの訴訟で、最高裁は個人の賠償請求権を退けた。
両判決で最高裁は「一九七二年の日中共同声明で中国人個人の賠償請求権は放棄され、裁判で行使できない」との判断を示した。
請求権自体の否定で、戦後補償訴訟は司法の場での救済の道が絶たれてしまった。いずれも人道的に許されない強制連行や拉致の問題を含んでおり、司法の後退感は否めない。
一連の補償訴訟は九〇年代に続々と出された。当初は、除斥期間(権利の法定存続期間、二十年)などを理由に棄却するケースが目立ったが、こうした主張は「正義に反する」として請求を認める判決が出てきた。そこで国など被告が持ち出したのが、サンフランシスコ条約を根拠とした請求権放棄論だ。
今回の最高裁判決も請求権放棄論の立場を採った。ただ、結論は同じでも「日中共同声明には条約として法規範性があり、個人請求権放棄を明文化したサンスランシスコ条約と同じ枠組み」との解釈だった。
この新解釈は、条約のない北朝鮮と台湾の被害者が原告の場合を除く戦後補償訴訟で踏襲される。最高裁は別の元慰安婦らが起こした訴訟など三件でも中国人原告の上告を退けた。
同種訴訟の審理が今回の最高裁判断に影響されるのは間違いない。困難な道だが、原告弁護団には違う論点での打開策が求められる。
同じ結論でありながら、最高裁と高裁で請求権放棄の根拠が異なるのも気になる。賠償請求権についても最高裁は「裁判で行使できないが、消滅していない」との微妙な姿勢だ。
最高裁が国の主張に沿って各地で続発する戦後補償訴訟をけん制したのであれば、「責任逃れ」との批判も当然だ。
戦時中の被害を裁判所に訴える権利はなくなったが、加害の事実、被害を受けた事実は依然として残されている。
両判決でも企業による旧日本軍監視下の強制労働や旧日本軍による元慰安婦らの拉致、暴行で「極めて大きい精神的、肉体的苦痛を受けた」と認定した。
被害事実を認めながら請求権はないとする判決は、過酷な労働を強いられるなどした原告にはとうてい受け入れられるものではないだろう。上告審判決で、原告が右手の拳を突き上げて抗議の意思を示したのもうなずける。
戦後も六十年がすぎ、原告らの高齢化は進む一方だ。現実に被害者が存在する以上、その放置は許されない。
過去の同種訴訟では被告企業が五億円を拠出して被害者救済の基金を設立することで和解したケースもある。また、慰安婦問題では政府が過去に「女性のためのアジア平和国民基金」を設けている。
国、企業は戦後補償訴訟の事実上の終結に安堵(あんど)するのでなく、被害者救済に積極的に取り組んでいくべきだ。
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200704309627.html
戦後補償訴訟 独自の被害者救済に取り組め
戦時中に中国から強制連行された中国人元労働者と、中国人元従軍慰安婦が企業や国に賠償を求めた二つの訴訟で、最高裁は個人の賠償請求権を退けた。
両判決で最高裁は「一九七二年の日中共同声明で中国人個人の賠償請求権は放棄され、裁判で行使できない」との判断を示した。
請求権自体の否定で、戦後補償訴訟は司法の場での救済の道が絶たれてしまった。いずれも人道的に許されない強制連行や拉致の問題を含んでおり、司法の後退感は否めない。
一連の補償訴訟は九〇年代に続々と出された。当初は、除斥期間(権利の法定存続期間、二十年)などを理由に棄却するケースが目立ったが、こうした主張は「正義に反する」として請求を認める判決が出てきた。そこで国など被告が持ち出したのが、サンフランシスコ条約を根拠とした請求権放棄論だ。
今回の最高裁判決も請求権放棄論の立場を採った。ただ、結論は同じでも「日中共同声明には条約として法規範性があり、個人請求権放棄を明文化したサンスランシスコ条約と同じ枠組み」との解釈だった。
この新解釈は、条約のない北朝鮮と台湾の被害者が原告の場合を除く戦後補償訴訟で踏襲される。最高裁は別の元慰安婦らが起こした訴訟など三件でも中国人原告の上告を退けた。
同種訴訟の審理が今回の最高裁判断に影響されるのは間違いない。困難な道だが、原告弁護団には違う論点での打開策が求められる。
同じ結論でありながら、最高裁と高裁で請求権放棄の根拠が異なるのも気になる。賠償請求権についても最高裁は「裁判で行使できないが、消滅していない」との微妙な姿勢だ。
最高裁が国の主張に沿って各地で続発する戦後補償訴訟をけん制したのであれば、「責任逃れ」との批判も当然だ。
戦時中の被害を裁判所に訴える権利はなくなったが、加害の事実、被害を受けた事実は依然として残されている。
両判決でも企業による旧日本軍監視下の強制労働や旧日本軍による元慰安婦らの拉致、暴行で「極めて大きい精神的、肉体的苦痛を受けた」と認定した。
被害事実を認めながら請求権はないとする判決は、過酷な労働を強いられるなどした原告にはとうてい受け入れられるものではないだろう。上告審判決で、原告が右手の拳を突き上げて抗議の意思を示したのもうなずける。
戦後も六十年がすぎ、原告らの高齢化は進む一方だ。現実に被害者が存在する以上、その放置は許されない。
過去の同種訴訟では被告企業が五億円を拠出して被害者救済の基金を設立することで和解したケースもある。また、慰安婦問題では政府が過去に「女性のためのアジア平和国民基金」を設けている。
国、企業は戦後補償訴訟の事実上の終結に安堵(あんど)するのでなく、被害者救済に積極的に取り組んでいくべきだ。
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200704309627.html
これは メッセージ 15640 (news_provider_neu さん)への返信です.