Re: 南京虐殺・慰安婦を何故問題にする。
投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/04/11 20:10 投稿番号: [15201 / 29399]
東條は南部藩士の息子で生まれながらの捕虜だが。
>生きて虜囚の辱めを受け、、さらに生き恥をさらし、
君は自決について賛成派かい。戦陣訓は憲兵上がりとして軍規粛清で作られたものだが、戦陣訓の一部だけチョイスしても話は繋がらない。「戦陣訓解釈・1942年」もつけておくよ。
戦陣訓前文の「恥を知る」の恥は後の「戦陣の戒」の「戦陣(占領地)」での敵(捕虜)や民間人に対する暴行、略奪、婦女子に対する破廉恥行為、軍法違反を指している。「郷党家門の面目」とは、賊軍として捕虜生活で蔑まされた南部武士の誇りだろう。東條英機と対立していた関東軍石原莞爾中将は「軍人勅諭を読むだけで充分」と部下に一切読ませなかった。
「軍人として恥ずかしい行いをすれば、捕虜になった時はもちろん、死んでからも罪禍の汚名を着ることになったり、同郷の者や故郷の家族から面目の立たない事になるのであるから、そういった軍人として恥ずべき行いはやってはいけない。」(戦陣訓解釈・1942年)
戦陣訓(前文)
恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。
戦陣の戒(抜粋)
一 ・・・ 敵及住民を軽侮するを止めよ。・・・
六 敵産、敵資の保護に留意するを要す。徴発、押収、物資の燼滅等は規定に従ひ、必ず指揮官の命に依るべし。
七 皇軍の本義に鑑み、仁恕の心能く無辜の住民を愛護すべし。
八 戦陣苟も酒色に心奪はれ、又は慾情に駆られて本心を失ひ、皇軍の威信を損じ、奉公の身を過るが如きことあるべからず。深く戒慎し、断じて武人の清節を汚さざらんことを期すべし。
九 怒を抑へ不満を制すべし。「怒は敵と思へ」と古人も教へたり。一瞬の激情悔を後日に残すこと多し。 軍法の峻厳なるは特に軍人の栄誉を保持し、皇軍の威信を完うせんが為なり。常に出征当時の決意と感激とを想起し、遙かに思を父母妻子の真情に馳せ、仮初(かりそめ)にも身を罪科に曝すこと勿れ。
>最後まで無罪を主張した、
国際的にね。国内的には全責任を負うと
東条英機大将 遺言 昭和23年12月22日夜 東京巣鴨
開戦の時のことを思い起こすと実に断腸の思いがある。今回の処刑は個人的には慰められるところがあるが、国内的の自分の責任は、死を持って償えるものではない。しかし国際的な犯罪としては、どこまでも無罪を主張する。力の前に屈した。自分としては、国内的な責任を負うて、満足して刑場に行く。ただ、同僚に責任を及ぼしたこと、下級者にまで刑の及びたることは、実に残念である。天皇陛下および国民に対して深くお詫びする。
ついでに石原莞爾
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person230.html
満州事変当時の責任者で東條とは対立関係にあるが、東京裁判も東條批判でA級戦犯を逃れている。
それから偶然かも知れんが、南京大虐殺の犯罪を行った熊本第6師団、京都第16師団の一つ京都第16師団長をやっている。中国共産党戦犯収容所から南京で多数の虐殺・強姦を行ったと告白する「陣中日記」が第16師団から多数出て来るが、南京軍事法廷では、無罪を主張する第6師団の兵のみが処刑されたり、ソ連共産党に引き渡されシベリアに抑留された。実際に虐殺行為を行ったと告白した第16師団中帰連は軽い刑で日本に帰って来ている。
>生きて虜囚の辱めを受け、、さらに生き恥をさらし、
君は自決について賛成派かい。戦陣訓は憲兵上がりとして軍規粛清で作られたものだが、戦陣訓の一部だけチョイスしても話は繋がらない。「戦陣訓解釈・1942年」もつけておくよ。
戦陣訓前文の「恥を知る」の恥は後の「戦陣の戒」の「戦陣(占領地)」での敵(捕虜)や民間人に対する暴行、略奪、婦女子に対する破廉恥行為、軍法違反を指している。「郷党家門の面目」とは、賊軍として捕虜生活で蔑まされた南部武士の誇りだろう。東條英機と対立していた関東軍石原莞爾中将は「軍人勅諭を読むだけで充分」と部下に一切読ませなかった。
「軍人として恥ずかしい行いをすれば、捕虜になった時はもちろん、死んでからも罪禍の汚名を着ることになったり、同郷の者や故郷の家族から面目の立たない事になるのであるから、そういった軍人として恥ずべき行いはやってはいけない。」(戦陣訓解釈・1942年)
戦陣訓(前文)
恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。
戦陣の戒(抜粋)
一 ・・・ 敵及住民を軽侮するを止めよ。・・・
六 敵産、敵資の保護に留意するを要す。徴発、押収、物資の燼滅等は規定に従ひ、必ず指揮官の命に依るべし。
七 皇軍の本義に鑑み、仁恕の心能く無辜の住民を愛護すべし。
八 戦陣苟も酒色に心奪はれ、又は慾情に駆られて本心を失ひ、皇軍の威信を損じ、奉公の身を過るが如きことあるべからず。深く戒慎し、断じて武人の清節を汚さざらんことを期すべし。
九 怒を抑へ不満を制すべし。「怒は敵と思へ」と古人も教へたり。一瞬の激情悔を後日に残すこと多し。 軍法の峻厳なるは特に軍人の栄誉を保持し、皇軍の威信を完うせんが為なり。常に出征当時の決意と感激とを想起し、遙かに思を父母妻子の真情に馳せ、仮初(かりそめ)にも身を罪科に曝すこと勿れ。
>最後まで無罪を主張した、
国際的にね。国内的には全責任を負うと
東条英機大将 遺言 昭和23年12月22日夜 東京巣鴨
開戦の時のことを思い起こすと実に断腸の思いがある。今回の処刑は個人的には慰められるところがあるが、国内的の自分の責任は、死を持って償えるものではない。しかし国際的な犯罪としては、どこまでも無罪を主張する。力の前に屈した。自分としては、国内的な責任を負うて、満足して刑場に行く。ただ、同僚に責任を及ぼしたこと、下級者にまで刑の及びたることは、実に残念である。天皇陛下および国民に対して深くお詫びする。
ついでに石原莞爾
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person230.html
満州事変当時の責任者で東條とは対立関係にあるが、東京裁判も東條批判でA級戦犯を逃れている。
それから偶然かも知れんが、南京大虐殺の犯罪を行った熊本第6師団、京都第16師団の一つ京都第16師団長をやっている。中国共産党戦犯収容所から南京で多数の虐殺・強姦を行ったと告白する「陣中日記」が第16師団から多数出て来るが、南京軍事法廷では、無罪を主張する第6師団の兵のみが処刑されたり、ソ連共産党に引き渡されシベリアに抑留された。実際に虐殺行為を行ったと告白した第16師団中帰連は軽い刑で日本に帰って来ている。
これは メッセージ 15188 (yominokuni56 さん)への返信です.