桜井ワル子と、教育勅語・・教育基本法
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2007/03/24 21:22 投稿番号: [14738 / 29399]
★・・「今の法には道徳的価値観の記述がない」
「教育勅語の廃止が子供の歪みを生んだ」
という桜井さんの発言を読むと、この問題について何も分かっていないということが、良く分かります。
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第1に、法律に「道徳的価値観」を書き込むことの是非が全く意識されていません。
本来、法とは行動を規制するものであって、価値観を規制するものではありません。したがって、「道徳的価値観」を書き込んでいないのは当然でしょう。
【特定の「道徳的価値観」を法に書き込むことが、個人の思想や信条、内心の自由を犯すことになる危険性について、桜井さんはまったく意識していません。これは、ジャーナリストとしては、驚くべきことです。】
第2に、教育勅語を評価する発言も驚くべきものです。
勅語は「軍国主義によって悪用されただけで『勅語それ自体は悪いところがない』」というGHQのヘンダーソン教育課長の発言を肯定的に引用し、教育勅語の内容は悪くないと主張されています。
教育勅語によって教育が支配・統制され、マインドコントロールによって人々を戦争へと駆り立てていった歴史をご存知ないのでしょうか。
そこに示された「道徳観」がかつて軍国主義に「悪用」されたのであれば、同じような「悪用」が今後も繰り返される恐れがあるというべきではありませんか。
第3に、「教育勅語の廃止」と「子供の歪み」を直結させる発想も、驚くべきものです。
「子供の歪み」とは何を意味しているのかはっきりしませんが、よしんば、それがあるとしてもその原因は様々でしょう。
何を根拠に、「教育勅語の廃止」こそが、その原因だと主張されるのでしょうか。
もし、教育勅語が廃止されなかったなら、「家庭や家族の大切さや道徳が欠落」することはなかったと言えるのでしょうか。
法にそれが書かれていれば身に付くなどという発想自体、教育というものを良く分かっていないと言わざるをえないでしょう。
さらに、桜井さんは、最後のところで、次のようにコメントしています。
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「国を愛する心」など必要ないと言っている人が、一体どこにいるのでしょうか。
「争点」となっているのは、このような「心の是非」ではなく、それを法に書き込んで教育の目標とすることの是非です。
桜井さんは、この違いが分からないのでしょうか。それとも、分かっているのに、わざと論点をすり替えたのでしょうか。
「祖国愛は万国普遍の価値観」であるという点についても、私は否定する立場にありません。
【「それを否定すること自体が、戦後の片肺教育の影響」だとしていますが、このような「否定」論が、一体どこに存在するというのでしょうか。】
「祖国愛」は当然だとしても、それを法に書き込むか否か、それを教育の目標として設定するかどうか、それを教え込むことを教師に義務づけることが妥当かどうか、それは特定の「祖国愛」を強制し、教師や子供たちの内心の自由を損なうことになるのではないか。
教育基本法をめぐる真の「争点」はここにあります。
「国を愛する心の是非」でもなければ、「祖国愛を否定すること」でもありません。
「我が国と郷土を愛する」心や「祖国愛」は当然の価値、自然な感情だということで、問題をすり替えたり、あやふやにするというのが、「改正」派の戦術になっているようです。
「だから、法律に書き込むのも当然だ」と言いたいのでしょう。
しかし、問題は、それを教育基本法に書き込んで教育の目標とすることが、教育の現場にどのような影響を及ぼすのか、という点にあります。桜井さんは、これについては何も述べていません。
もし、意識的に回避しているのであれば、ジャーナリストとしての責任が問われるでしょう。
また、無意識的に回避してしまったのであれば、ジャーナリストとしての資質が問われることにならざるをえません。
http://sp.mt.tama.hosei.ac.jp/users/igajin/home2.htm