例えば、誤論
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2007/02/13 00:11 投稿番号: [13537 / 29399]
>「正論」の「論文」
「女性国際戦犯法廷」の愚かさ
本誌 桑原聡
>「・・・彼女たちが慰安婦となったのは、貧困その他の事情によって、餓死するよりはましと自ら覚悟を決めたり、親に売られたりというケースが大半だと考えられるのだ。もちろん、質の良くない慰安所の経営者およびブローカーにだまされるというケースもあっただろうが、基本的に商行為であったことはまぎれもない事実である。
↑これはどの研究者のどの資料から引用してるんでしょうか?
何も記載なしですね。
本誌 桑原聡さんが、「研究者」なんですか?
> 一九四四年の米軍情報局の資料に、北ビルマのミートキーナ慰安所に収容されていた二十人の朝鮮人慰安婦たちの証言がある。それによれば、慰安所の経営者が親に三百円から千円の前金を払っており、
彼女たちは【納得の上で】慰安所に送られてきたのである。
取り分は四割から六割で、月の収入は兵士の何十倍にもなったという。空いた時間には兵士とスポーツやピクニックで楽しむこともあり、日本の兵士に結婚を申し込むこともあったというのだ。」
↑これは、小林よしのりが漫画にした内容とそっくりですね。
以下に「従軍慰安婦」(吉見義明)から
身売りのもっとも典型的な例は、キタムラと言う慰安業者夫妻が、ビルマでアメリカ軍の捕虜となった時に述べた供述に示されている。
アメリカ戦時情報局心理作戦班「日本人捕虜尋問報告」第49号と東南アジア翻訳尋問センター「心理戦尋問報告」第2号と言う英文資料である。
この日本人夫妻は、1942年に未婚の朝鮮人女性22名を買い、親には性格・容貌・年齢に応じて、300円から1000円(前者によれば200〜300円)を支払った。
【このうち、2名は捕虜になる前に爆撃などで死亡していた。】
捕虜となった20名の連行された時の年齢は、
【17歳から29歳までだが、21歳未満が12名もいた。】
また、仕事の内容は、性的奉仕であるとは言われていなかったようである。
最初にこの捕虜を尋問したアメリカ軍のアレックス依地(よりち)軍曹は、報告の中で次のように述べている。
【この「役務」の性格は明示されなかったが、それは病院にいる負傷兵を見舞い、包帯を巻いてやり、そして一般的に言えば、将兵を喜ばせる事に関わる仕事であると考えられていた。】
これらの斡旋業者が用いる誘いの言葉は、
多額の金銭と、家族の負債を返済する好機、それに楽な仕事と新天地―シンガポール―における新生活と言う将来性であった。
【売られて慰安婦にされた女性も、多くの場合、前渡し金による経済的拘束と詐欺が絡み合っていた事がわかる。】
「前渡し金=売られて」としても、「慰安婦」として売られたわけではないのですねー。
そして、続きにこの部分もあるのです。↓
報酬および生活状態
「慰安所の楼主」は、それぞれの慰安婦が、契約を結んだ時点でどの程度の債務額を負っていたかによって差はあるものの、慰安婦の稼ぎの総額の50ないし60パーセントを受け取っていた。これは、慰安婦が普通の月で総額1500円程度の稼ぎを得ていたことを意味する。慰安婦は、「楼主」に750円を渡していたのである。
【多くの「楼主」は、食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしていたため、彼女たちは生活困難に陥った。】
↑こういった記録も記載してほしいですね。
【正論は誤論】です。
「女性国際戦犯法廷」の愚かさ
本誌 桑原聡
>「・・・彼女たちが慰安婦となったのは、貧困その他の事情によって、餓死するよりはましと自ら覚悟を決めたり、親に売られたりというケースが大半だと考えられるのだ。もちろん、質の良くない慰安所の経営者およびブローカーにだまされるというケースもあっただろうが、基本的に商行為であったことはまぎれもない事実である。
↑これはどの研究者のどの資料から引用してるんでしょうか?
何も記載なしですね。
本誌 桑原聡さんが、「研究者」なんですか?
> 一九四四年の米軍情報局の資料に、北ビルマのミートキーナ慰安所に収容されていた二十人の朝鮮人慰安婦たちの証言がある。それによれば、慰安所の経営者が親に三百円から千円の前金を払っており、
彼女たちは【納得の上で】慰安所に送られてきたのである。
取り分は四割から六割で、月の収入は兵士の何十倍にもなったという。空いた時間には兵士とスポーツやピクニックで楽しむこともあり、日本の兵士に結婚を申し込むこともあったというのだ。」
↑これは、小林よしのりが漫画にした内容とそっくりですね。
以下に「従軍慰安婦」(吉見義明)から
身売りのもっとも典型的な例は、キタムラと言う慰安業者夫妻が、ビルマでアメリカ軍の捕虜となった時に述べた供述に示されている。
アメリカ戦時情報局心理作戦班「日本人捕虜尋問報告」第49号と東南アジア翻訳尋問センター「心理戦尋問報告」第2号と言う英文資料である。
この日本人夫妻は、1942年に未婚の朝鮮人女性22名を買い、親には性格・容貌・年齢に応じて、300円から1000円(前者によれば200〜300円)を支払った。
【このうち、2名は捕虜になる前に爆撃などで死亡していた。】
捕虜となった20名の連行された時の年齢は、
【17歳から29歳までだが、21歳未満が12名もいた。】
また、仕事の内容は、性的奉仕であるとは言われていなかったようである。
最初にこの捕虜を尋問したアメリカ軍のアレックス依地(よりち)軍曹は、報告の中で次のように述べている。
【この「役務」の性格は明示されなかったが、それは病院にいる負傷兵を見舞い、包帯を巻いてやり、そして一般的に言えば、将兵を喜ばせる事に関わる仕事であると考えられていた。】
これらの斡旋業者が用いる誘いの言葉は、
多額の金銭と、家族の負債を返済する好機、それに楽な仕事と新天地―シンガポール―における新生活と言う将来性であった。
【売られて慰安婦にされた女性も、多くの場合、前渡し金による経済的拘束と詐欺が絡み合っていた事がわかる。】
「前渡し金=売られて」としても、「慰安婦」として売られたわけではないのですねー。
そして、続きにこの部分もあるのです。↓
報酬および生活状態
「慰安所の楼主」は、それぞれの慰安婦が、契約を結んだ時点でどの程度の債務額を負っていたかによって差はあるものの、慰安婦の稼ぎの総額の50ないし60パーセントを受け取っていた。これは、慰安婦が普通の月で総額1500円程度の稼ぎを得ていたことを意味する。慰安婦は、「楼主」に750円を渡していたのである。
【多くの「楼主」は、食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしていたため、彼女たちは生活困難に陥った。】
↑こういった記録も記載してほしいですね。
【正論は誤論】です。