南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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会津戦争での人肉食

投稿者: forever_omegatribe 投稿日時: 2006/12/16 21:13 投稿番号: [13048 / 29399]
>>薩摩藩兵が食人行為を行ったという記録まである。

>これは戦争に付き物のデマであり事実ではない、江戸時代の薩摩人に食人は無理。

ちゃんとした歴史書に書かれています。

『小出町歴史資料集』に書かれています。

永井村二居   浅貝の古老たちの口碑

  ある朝、霧で周囲が暗いのを幸いに久吉は長槍を提げて飛び出し、当たるを幸い18人を血祭りに上げた。周囲から一斉射撃で、久吉は膝をついて倒れた。その時、久吉は「この首を渡すから出て来い」と叫んだ。近寄った3人は槍で突き伏せられてしまった。久吉を撃った永井村の猟師広吉は「久吉が来る、怖い」と叫んで死んだ。久吉の遺体は官軍の兵士や村人が争って肉をそぎ、取って食べた。
  それは英雄崇拝の迷信からで、勇者の肉を食うと腕力が増し、健康な子孫に恵まれるという言い伝えからだった。猟師の広吉も肉を食べた一人だった。

(星亮一著『会津戦争全史』P161)

戦場で敵兵の肝を食うことがはやっていた。薩摩兵が間諜や相撲取りを捕縛して、首を切り、その肝を取ってがんとうちょうちんを入れて持って歩き、「煮て食うから是非来い」という。人間を食うわけにはいかないので椿は断った。人体を切り刻んで食べた記録もある。会津の少年兵が、越後でその被害にあっている。
  肝を食ったのは何も薩摩兵だけでない。会津の兵も競い合うようにして口にした
。会津藩の少年兵遠藤平太『会津戊辰戦争従軍記』には、「越後の戦闘で、敵兵の肝を食べた味方の兵士は口から泡を吹き、気がふれた」と記述がある。(星亮一著『会津戦争全史』P2)
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