民族性の一例
投稿者: vizier_de_chaos 投稿日時: 2006/07/26 23:45 投稿番号: [12527 / 29399]
「欧米では、嘘は憎悪や軽蔑と同じ響きを持つものであるが、中国語にはそういう語がない。必要がなかったからである。そこで、それに近い中国語を使って「嘘ではありませんか?」と言ったとしても、非難の意味はない。ましてや侮辱には全くならない。」
「我々にとっては「嘘」は軽蔑に値するものだが、中国人にはそんなことはない。従って、「人格に欠陥あり」と考えるのは我々の誤認であって、彼らはそうは思っていない。交渉する時忘れてはならない。」
「私がたまたま地下室に行ってみると、使用人が燃料をくすねていた。よくあることである。相手も、私が知らないふりをしているのをわかっていて、捕まらなければいいと思っているのである。こちらとしても、見つけるまでは完全に信頼しているというふりをしているのである。まあまあ満足のいく使用人なら、あまり詮索はしないのが得策である。ところが、いわゆる現行犯逮捕ということになったので、「どこに持って行くのか?」と聞くと、こう説明がくる。「だんな様の燃料がすぐなくなるので、私たちの分を持ってきて足しているのです。いつものことですよ。だんな様のご恩を思えば何でもないことです。一々ご報告するまでのことではないと思いましたので」。
たまたま彼らの奉仕活動を発見してしまったので、彼らの方は大喜びで、今まで黙って奉仕していたことを告白したというわけだ。私は感謝をして「ただでやってもらっては申し訳ないね」と言った。それで双方とも了解した。」
ラルフ・タウンゼント「暗黒大陸中国の真実」より抜粋
孔子の掲げた徳目は、中国人にとってはただの空文に過ぎないようである。さぞやあの世で歎いていることであろう。
日本人が銘記すべきは、中国人にとって歴史的事実を誇張し、あるいはでっち上げることは、彼らの良心に何の痛痒も与えないという苦い事実である。
これは メッセージ 12525 (richard_cheney_jr さん)への返信です.
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