南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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南京市の人口

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/06/20 04:51 投稿番号: [12098 / 29399]
(googleプログより抜粋)

南京大虐殺とは、日中戦争の最中、南京にて日本軍により一般市民を含む30万人もの人々が虐殺されたという事件である。この数の多さから、この虐殺自体、ありえなかったという説が、保守系の雑誌や書籍を中心に広まっているが、南京大虐殺は歴史的な事実として起こったことであり、日本の政府も裁判所も、権威ある歴史学者も、事実をすでに認定していることなのである。

  ただ、事実誤認をしている人達もいると思うので、よく聞かれる否定説の反証をしておこうと思う。

(1)当時、南京の人口は、20万人程度なので、30万人もの人々を虐殺することなどありえない。また、短期間に大量の人間を殺せるだけの兵器は日本軍にはなかった。

  その20万人という数字は、南京市のごく一部、当時、難民避難のために設定された国際安全区内の人口であり、約4平方キロメートルの地域の人口を、南京全体の人口とすり替えた数字である。事件前年の南京市の人口は、約100万人と記録されており、事件当時は避難していた人が数多くいたため約60万人と推定される。中国の兵士は、約11万人いたと推定される。

  南京大虐殺は、1937年12月から2ヶ月に渡り30万人もの人々が虐殺されたと中国側は主張しているが、これはあくまで当時、処理した死体から割り出した推定値である。正確に数えたとは言えず、実際の数より多過ぎるということも考えられるが、2ヶ月で30万人という数はあり得ないわけではない。当時、南京には約20万人の日本兵が駐留しており、大量破壊兵器がなくとも、機関銃、手榴弾、銃剣、サーベルを使用すれば不可能ではなく、加害兵士の証言からも、これらの武器を使用して殺戮を行ったことが裏付けられる。虐殺が起こった現場も、南京市のみならず、南京市郊外を含む広範囲であったといわれている。

  大量破壊兵器を使用せず行われた大量虐殺は、近年では1994年アフリカのルワンダで起こっており、民族浄化により10ヶ月間で100万人もの人々が虐殺されたといわれている。

  (2)事件当時、南京大虐殺は、一般には全く知られず、戦後、東京裁判によって知られた事件。事件そのものがでっち上げられた可能性がある。

  南京虐殺があった当時、南京には日本軍の従軍記者の他、アメリカなどの海外の記者も滞在していた。日本では軍部の検閲があり、ほとんど報じられることはなかったが、アメリカの大手新聞ニューヨーク・タイムズ、シカゴ・デイリーなどは、世界に向け事件を報じていた。

  (例)シカゴ・デイリー   1937年12月15日より一部抜粋より
  「南京の包囲と攻撃を最もふさわしい言葉で表現するならば、地獄の4日間ということになろう。首都攻撃が始まってから南京を離れる外国人の第一陣として、私は米艦オアフ号に乗船したところである。南京を離れるとき、我々一行が最後に目撃したものは、河岸近くの城壁を背にして300人の中国人の一群を整然と処刑している光景であった。そこには、すでに膝がうずくまるほど死体が積まれていた。」

  また、このようなエピソードもある。当時の首相であった近衛文麿氏の長男である近衛文隆氏は、米国のプリンストン大学に留学中だったが、事件のことが大きく報じられたため、友人からひどく責められ、いたたまれない思いをしていると手紙に書き、何も知らない日本の家族は手紙を受け取り大変驚いたという。(NHK   BSハイビジョン「真珠湾への道」2002年8月15日放送より)
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