Re: ナチスとお友達のリンドバーグ
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/24 20:47 投稿番号: [12001 / 29399]
>私は、その本が廃刊になっていなければ、読んでみたい。
復刊リクエスト投票をよろしくお願いします。
m(._.)m
復刊リクエスト投票
『リンドバーグ第二次大戦日記』全2冊
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=13077
「『リンドバーグ第二次大戦日記』全2冊」の投票者の復刊コメント
http://www.fukkan.com/list/comment.php3?no=13077
さて。
米軍による日本軍投降兵虐殺に関する資料としては、『リンドバーグ第二次大戦日記』が最も有名だが、他にもいろいろある。
連合軍が日本兵を捕虜にせず殺害しまくった例は枚挙に暇がない。
カリフォルニア大学のダワー教授はその著『人種偏見』において、連合軍側の虐殺行為を詳しく紹介している。
例えば、すでに米軍の支配下にあった島に、仲間とはぐれた日本兵を一人放ち、その兵士が身の安全を求めて狂ったように駆け出すところを銃の標的として楽しんだ。ペリリュー島や沖縄の激戦地で、米軍兵士は日本兵の死体から手を切り取って戦果のトロフィーとする、金歯を漁る、死体のあいた口めがけて小便をする、恐れおののく沖縄の老女を撃ち殺し、「みじめな生活から逃れさせてやっただけだ」と気にもとめない、といった具合である。
太平洋地域担当の従軍記者エドガー・L・ジョーンズは、一九四六年一昭和二十一年一の『アトランティック・マンスリー』誌に、「われわれは捕虜を容赦なく撃ち殺し、病院を破壊し、救命ボートを機銃掃射し、敵の民間人を虐待、殺害し、傷ついた敵兵を殺し、まだ息のある者を他の死体とともに穴に投げ入れ、死体を煮て頭蓋骨をとりわけ、それで置き物を作るとか、または他の骨でぺーパーナイフを作るとかしてきたのだ」と書いた。
これらの陰湿な虐殺行為は政府によって公認されたこともあった。
ジョン・ダワー教授はいう。
「ブーゲンビルで投降しようとして殺された負傷兵の場合のように、日本兵殺害の中には上官の命令下に行なわれたもの、あるいは少なくとも上官が事後承認を与えたものがあった。たとえば日本の輸送船を沈め、その後一時間以上もかけて何百何千という生き残り日本兵を銃で撃ち殺したアメリカの潜水艦艦長は、この虐殺をその公式報告書に記録し、しかも上官から公の賛辞を与えられている。」
『人種偏見』
■重要■
さらに、ダワー教授はこう述べる。
━━━━━━
「連合国側の虐殺行為は何ら罪を問われず、免責されたままだ。そして、補虜虐待について言えば、それでなくとも物資不足に喘ぎ、補虜を受け入れるだけの設備も食糧も不足していた日本側がそれでも交戦法規を忠実に守って、大量に投降してくる敵兵を捕虜にしたからこそ様々な問題が生じたのである。 」
━━━━━━
以下、『世界が裁く東京裁判』から一部抜粋
――――――
会田雄次著『アーロン収容所』には、戦後、イギリス軍が降伏した日本軍将兵に劣悪な住居、僅かな食料しか与えないまま激しい強制労働を課すことで、いかに多くの日本軍将兵を病死、衰弱死に至らしめたかが描かれている。
本田忠尚著『マレー捕虜記』によれば、ビルマ、マレー、シンガポール地区の強制労働での日本兵の死者は、実に四千名を越えるという。また、マレーシアのクアラルンプール日本人墓地には、マラヤ共産党軍掃討のために戦後イギリスによって戦争に駆り出され、無念の死を遂げた日本兵たちの粗末なお墓が並んでいる。
――――――
投降した日本兵を「反戦兵士」にする者を除いて全員惨殺し、一人たりとも捕虜としてマトモに保護しなかった支那軍など論外。
さらに、ソ連に至っては、日本がポツダム宣言を受諾した後に100万人以上の日本人を拉致、強制連行、労働をさせ、うち数十万人(50万人超か)を大虐殺をしたのだ。
一方、日本軍の場合、南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にして保護したのだ。
支那、ソ連、米国、英国などの連合軍と比べれば、日本軍の敵国将兵に対する待遇は何百倍も立派だった。
復刊リクエスト投票をよろしくお願いします。
m(._.)m
復刊リクエスト投票
『リンドバーグ第二次大戦日記』全2冊
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=13077
「『リンドバーグ第二次大戦日記』全2冊」の投票者の復刊コメント
http://www.fukkan.com/list/comment.php3?no=13077
さて。
米軍による日本軍投降兵虐殺に関する資料としては、『リンドバーグ第二次大戦日記』が最も有名だが、他にもいろいろある。
連合軍が日本兵を捕虜にせず殺害しまくった例は枚挙に暇がない。
カリフォルニア大学のダワー教授はその著『人種偏見』において、連合軍側の虐殺行為を詳しく紹介している。
例えば、すでに米軍の支配下にあった島に、仲間とはぐれた日本兵を一人放ち、その兵士が身の安全を求めて狂ったように駆け出すところを銃の標的として楽しんだ。ペリリュー島や沖縄の激戦地で、米軍兵士は日本兵の死体から手を切り取って戦果のトロフィーとする、金歯を漁る、死体のあいた口めがけて小便をする、恐れおののく沖縄の老女を撃ち殺し、「みじめな生活から逃れさせてやっただけだ」と気にもとめない、といった具合である。
太平洋地域担当の従軍記者エドガー・L・ジョーンズは、一九四六年一昭和二十一年一の『アトランティック・マンスリー』誌に、「われわれは捕虜を容赦なく撃ち殺し、病院を破壊し、救命ボートを機銃掃射し、敵の民間人を虐待、殺害し、傷ついた敵兵を殺し、まだ息のある者を他の死体とともに穴に投げ入れ、死体を煮て頭蓋骨をとりわけ、それで置き物を作るとか、または他の骨でぺーパーナイフを作るとかしてきたのだ」と書いた。
これらの陰湿な虐殺行為は政府によって公認されたこともあった。
ジョン・ダワー教授はいう。
「ブーゲンビルで投降しようとして殺された負傷兵の場合のように、日本兵殺害の中には上官の命令下に行なわれたもの、あるいは少なくとも上官が事後承認を与えたものがあった。たとえば日本の輸送船を沈め、その後一時間以上もかけて何百何千という生き残り日本兵を銃で撃ち殺したアメリカの潜水艦艦長は、この虐殺をその公式報告書に記録し、しかも上官から公の賛辞を与えられている。」
『人種偏見』
■重要■
さらに、ダワー教授はこう述べる。
━━━━━━
「連合国側の虐殺行為は何ら罪を問われず、免責されたままだ。そして、補虜虐待について言えば、それでなくとも物資不足に喘ぎ、補虜を受け入れるだけの設備も食糧も不足していた日本側がそれでも交戦法規を忠実に守って、大量に投降してくる敵兵を捕虜にしたからこそ様々な問題が生じたのである。 」
━━━━━━
以下、『世界が裁く東京裁判』から一部抜粋
――――――
会田雄次著『アーロン収容所』には、戦後、イギリス軍が降伏した日本軍将兵に劣悪な住居、僅かな食料しか与えないまま激しい強制労働を課すことで、いかに多くの日本軍将兵を病死、衰弱死に至らしめたかが描かれている。
本田忠尚著『マレー捕虜記』によれば、ビルマ、マレー、シンガポール地区の強制労働での日本兵の死者は、実に四千名を越えるという。また、マレーシアのクアラルンプール日本人墓地には、マラヤ共産党軍掃討のために戦後イギリスによって戦争に駆り出され、無念の死を遂げた日本兵たちの粗末なお墓が並んでいる。
――――――
投降した日本兵を「反戦兵士」にする者を除いて全員惨殺し、一人たりとも捕虜としてマトモに保護しなかった支那軍など論外。
さらに、ソ連に至っては、日本がポツダム宣言を受諾した後に100万人以上の日本人を拉致、強制連行、労働をさせ、うち数十万人(50万人超か)を大虐殺をしたのだ。
一方、日本軍の場合、南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にして保護したのだ。
支那、ソ連、米国、英国などの連合軍と比べれば、日本軍の敵国将兵に対する待遇は何百倍も立派だった。
これは メッセージ 11999 (unkai1956 さん)への返信です.