これも全く反論になっていない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/11 23:28 投稿番号: [11363 / 29399]
>ご存知ないでしょうが、南京での残虐行為の模様は、欧米の新聞でも報道されましたし、中国国内の新聞でも報道されています。
ダーディンとスティールの記事?
だとしたら、国民政府の宣伝工作員だったベイツの出鱈目なメモを記事にしただけだよ。
>南京大虐殺の模様を述べている部分は、すでに提示ずみですね(笑)。
何を言っているのか、サッパリ解からないなー。
蒋介石の『日本国民に告げる書』を読んで、当時の蒋介石に南京大虐殺の認識があったなどと言うようでは、資料の読解力というか分析力が極端に欠乏しているとしか言い様がない。
『日本国民に告げる書』は、蒋介石が日本軍による南京市民虐殺を認識していなかった明白な証拠なのだ。
『日本国民に告げる書』で蒋介石は、「八月十三日に上海を進犯す」と述べたが、8月13日に上海を大軍で攻撃したのは蒋介石自身だ。
更に蒋介石は日本軍による毒ガス使用を非難するが、違法毒ガスを使用したのは支那軍であり、『日本国民に告げる書』を発表したほんの少し前の1938年6月20日頃にも支那軍は山西で違法毒ガスを使用し付近の住民を巻き添えにしたばかりだった。
『日本国民に告げる書』は、次に日本軍占領地区における無辜の良民及負傷兵士の大規模殺戮を非難するが、これも事実は全く逆だ。
例えば、日本軍が占領し、支那軍の攻撃から開放された上海には、支那軍が戻って来た南京などから大勢の市民が避難して来たのだ。
そして、日本軍が南京を占領すると、今度は上海などから多くの市民が南京に戻って来て南京の人口は増加に転じたのだ。
支那事変が始まってから、日本軍は半年間で北京などの北支や上海・南京など揚子江流域の大半の主要都市を占領したが、いずれの地域でも日本軍占領前より治安は改善されたのが史実だ。
満州事変以降、年間百万人を超す支那人が満州国へとなだれ込んだ事実だってある。
その次に『日本国民に告げる書』で蒋介石は日本軍による広州などへの爆撃を非難する。
しかし、最も悪質で被害も大きかった爆撃も支那軍による上海の市街地爆撃だった。
上海で戦争を始めたのも、違法毒ガスを使用したのも、支配地(占領地)で暴虐・悪逆の限りを尽くしたのも、爆撃で多大な犠牲者を出したのも、全て蒋介石の支那軍なのに、支那はその都度自分たちの暴虐・悪逆を日本軍の仕業に転嫁して宣伝した。
蒋介石の『日本国民に告げる書』は、国民党や外国人工作員が常日頃から行なっていた嘘・デタラメを羅列する低俗で卑劣な宣伝工作を凝縮したものに過ぎない。
この低俗で卑劣な宣伝文書を読んで、蒋介石が日本軍による南京市民の大規模虐殺を認識していたと言い張る奴は脳タリンだ。
当時の日本国民や支那人や外国人が読んでも誰もそんなことは思わなかった。
これは メッセージ 11339 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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