松代大本営の慰安所
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2006/02/23 23:04 投稿番号: [11029 / 29399]
★「松代大本営」工事に伴っておかれた「慰安所」
アジア・太平洋戦争末期、
松代を中心に天皇や軍、政府の中枢を移転させるための巨大な地下壕掘削工事(「松代大本営」工事)が行われた際、
工事を指揮する人々のために「慰安所」が作られ、
年若い朝鮮人女性たちが「慰安婦」として性的サービスを強要されていた。
松代町西条の民家の敷地内にあった建物が借り上げられ、「慰安所」とされた。
持ち主の証言によると、開設した1944年の秋までに、4人の朝鮮人女性が「慰安婦」として連れてこられた。
この建物は本来、工場の娯楽室や蚕室として使われていたものだったが、
【やってきた警察官に「国策に協力できないのか」と脅され、借り上げられたという。 】
連れてこられたのはいずれも20歳前後の若い女性で、
客は日本人や比較的高い地位にいた朝鮮人だったという。
関係者の証言では、このうち「金本順子」という日本名をつけられていた女性は、
慶尚南道の農村出身で、
【「役場の人に特殊看護婦になれると言われて」強制的に日本に連れて来られたと語っていたという。】
日本の敗戦後、女性らは母国へ引き上げていったらしいが、その後の消息は知れない。
この「慰安所」として使われた建物は、1991年まで残っていたが、現在は解体され「歴史館」建設のために保管されている。
「慰安所」に使われた建物の経緯 2000/10/1 Up
http://www.matsushiro.org/daihonei/ianjo.htm
★「松代大本営」とは
松代大本営とは、アジア・太平洋戦争末期、
現・長野市松代町の三つの山(象山・舞鶴山・皆神山)を中心に、善光寺平一帯に分散して作られた
【地下軍事施設群のことである。】
敗色濃厚だった当時、
軍部は本土決戦を行うことにより連合国側に「最後の打撃」を与え、
「国体護持(天皇を頂点とする国家体制の維持)」などのよりよい和平条件を得ようと考えていた。
この決戦の指揮中枢を守るためのシェルターとして松代大本営が計画された。
地下壕工事が始まるまで 2003/1/18 Up
松代大本営の地下壕には、宮城(皇居)、政府の諸官庁の主要部、日本放送協会海外局(ラジオ)など、天皇制国家を支える中枢機関がまとめて移転する計画だった。
この工事には、
多くの朝鮮人労働者が動員され、過酷な労働を強いられた。
しかし、その犠牲者などについてはほとんど明らかにされていない。
松代大本営とは(このページ)
地下壕工事が始まるまで 2003/1/19 Up
計画一覧表 2005/10/8 Up
工事に関わった組織系統 2003/1/19 Up
工事に動員された朝鮮人労働者
参考:現在のトンネル工事の流れ 2003/1/19 Up
工事に伴っておかれた「慰安所」
「慰安所」に使われた建物の経緯 2000/10/1 Up
工事による地元の被害 2003/1/18 Up
ロ地区立ち退きについての証言 2003/1/19 Up
「松代大本営」関連用語集 2000/1/8 Up
松代大本営地下壕見学のガイド 2005/6/26 Up
松代への行き方・宿泊ガイド 2005/7/18 Up
松代周辺地図 2005/4/3 Up
ミニ写真展 2005/10/10 Up
ガイドブック紹介 2004/12/20 Up
http://www.matsushiro.org/daihonei/index.htm
アジア・太平洋戦争末期、
松代を中心に天皇や軍、政府の中枢を移転させるための巨大な地下壕掘削工事(「松代大本営」工事)が行われた際、
工事を指揮する人々のために「慰安所」が作られ、
年若い朝鮮人女性たちが「慰安婦」として性的サービスを強要されていた。
松代町西条の民家の敷地内にあった建物が借り上げられ、「慰安所」とされた。
持ち主の証言によると、開設した1944年の秋までに、4人の朝鮮人女性が「慰安婦」として連れてこられた。
この建物は本来、工場の娯楽室や蚕室として使われていたものだったが、
【やってきた警察官に「国策に協力できないのか」と脅され、借り上げられたという。 】
連れてこられたのはいずれも20歳前後の若い女性で、
客は日本人や比較的高い地位にいた朝鮮人だったという。
関係者の証言では、このうち「金本順子」という日本名をつけられていた女性は、
慶尚南道の農村出身で、
【「役場の人に特殊看護婦になれると言われて」強制的に日本に連れて来られたと語っていたという。】
日本の敗戦後、女性らは母国へ引き上げていったらしいが、その後の消息は知れない。
この「慰安所」として使われた建物は、1991年まで残っていたが、現在は解体され「歴史館」建設のために保管されている。
「慰安所」に使われた建物の経緯 2000/10/1 Up
http://www.matsushiro.org/daihonei/ianjo.htm
★「松代大本営」とは
松代大本営とは、アジア・太平洋戦争末期、
現・長野市松代町の三つの山(象山・舞鶴山・皆神山)を中心に、善光寺平一帯に分散して作られた
【地下軍事施設群のことである。】
敗色濃厚だった当時、
軍部は本土決戦を行うことにより連合国側に「最後の打撃」を与え、
「国体護持(天皇を頂点とする国家体制の維持)」などのよりよい和平条件を得ようと考えていた。
この決戦の指揮中枢を守るためのシェルターとして松代大本営が計画された。
地下壕工事が始まるまで 2003/1/18 Up
松代大本営の地下壕には、宮城(皇居)、政府の諸官庁の主要部、日本放送協会海外局(ラジオ)など、天皇制国家を支える中枢機関がまとめて移転する計画だった。
この工事には、
多くの朝鮮人労働者が動員され、過酷な労働を強いられた。
しかし、その犠牲者などについてはほとんど明らかにされていない。
松代大本営とは(このページ)
地下壕工事が始まるまで 2003/1/19 Up
計画一覧表 2005/10/8 Up
工事に関わった組織系統 2003/1/19 Up
工事に動員された朝鮮人労働者
参考:現在のトンネル工事の流れ 2003/1/19 Up
工事に伴っておかれた「慰安所」
「慰安所」に使われた建物の経緯 2000/10/1 Up
工事による地元の被害 2003/1/18 Up
ロ地区立ち退きについての証言 2003/1/19 Up
「松代大本営」関連用語集 2000/1/8 Up
松代大本営地下壕見学のガイド 2005/6/26 Up
松代への行き方・宿泊ガイド 2005/7/18 Up
松代周辺地図 2005/4/3 Up
ミニ写真展 2005/10/10 Up
ガイドブック紹介 2004/12/20 Up
http://www.matsushiro.org/daihonei/index.htm