ペ・ポンギさん
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2005/11/19 22:27 投稿番号: [10881 / 29399]
【琉球新報】から
掲載日 1998-06-21 (日)
________________________________________
従軍慰安婦の叫びを今
53年前の6月20日沖縄本島南部に追い詰められた第24師団長雨宮中将は、「最後の一兵まで戦え」と訓示した。21日には陸軍大臣は第32軍司令官へ「貴軍の忠誠により本土決戦の準備は完了した」との決別電報を打った
▼沖縄戦は本土決戦に備えたものという。今年も慰霊の日を前に、53年前の沖縄戦の検証が紙面で展開されている。
朝刊社会面で連載している元従軍慰安婦のペ・ポンギさんの戦後を追った「ハルモニの遺言」は、あらためて怒りと涙がこみあげてくる
▼従軍慰安婦として人間の尊厳を踏みにじられたペさん。
戦後帰国することなく沖縄で過ごすが、
【日常的に後遺症に苦しんだ。】
独り暮らしのアパートで死去。沖縄に連れて来られてから47年がたっていた。享年77歳
▼沖縄決戦を直前に編成された第32軍は県内いたるところに慰安所を作った。
部隊がいるところ慰安所あり、という状況。
【ペさんのようにだまされ、あるいは強制されて沖縄に来た女性は多い 】
▼ペさんが亡くなった翌年の1992年、
韓国から来県した女性団体などによる従軍慰安婦の追悼式が渡嘉敷島で行われた。
追悼式の後、従軍慰安婦4人の遺骨も収められている慰霊の塔を参拝したが、
「名前が分からず、収骨したものの名前が刻まれていない」との説明に、ほとんどが泣き出した
▼名前も知られず異郷の地で無念の死を遂げた。残酷このうえもない。うらみはどう晴らされるのか。
*********
どら・・沖縄には、小さな島々にも慰安所があり、
その数は、【沖縄の人々の調査によると、約120箇所。
1000名余りの女性】が、慰安所に収容されていたと言う。
其の他、【看護婦にする】と騙された地元の女性が、司令部?などに連れ込
まれたりしたと言う。
日本政府が、あらゆる史料を公開すれば、【遺骨の発見された】女性達の名
簿が発見され、
名前が特定され、遺族に【遺骨】が渡される可能性があるが、
戦争犯罪関係者の多い自民党政府では無理だろう。
真摯に反省すると言うなら、史料を公開すべきだろう。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/10881.html