南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: deliciousicecoffee さんへ

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/10/29 07:45 投稿番号: [10825 / 29399]
>>満州にあった日本軍所有の毒ガスは、ソ連が接収して、後に支那共産党に引き渡して、支那共産党が国共内戦や朝鮮戦争で使用した後、要らなくなった時に埋めたのだよ。

>ソースが出せないのなら、デマということですよ。


戦後、日本国内において、毒ガス兵器を占領軍に接収される前に隠蔽、廃棄した、
また、後にこれによる被災者が出た事例というのが膨大にあるのですね。

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(告白的「航空化学戦」始末記    光人社刊   空白の戦記2)

八月十六日も快晴だった。
信貴山より西方に見える司令部から上る黒煙がまだつづいていた。徹夜で重要書類の焼却をつづけていたのであろう。

私はなにもしたくなかった。が、派遣隊長として米軍進駐前に早急に処理すべき、三つの仕事があった。
第一は毒ガスの処分。第二は下士官兵の復員。最後は、将校の進退である。
なんといってもガス処分が先決だ。この尼院の庭に、ドラム缶二トン(十本)が野積みになっているのだ。
早急にどこかに放棄せねばならない。大阪湾では遠すぎるし輸送手段もない。また時間もない。思案にあまってよわっていると、灯台もと暗しというか、本堂の横に小さな古池があるのに気がついた。兵隊が名づけて「尼さん池」という。恐るおそる老庵主さんに交渉する。

「あのドラム缶をすてはるのですか?   かましまへん。おすてやす。お国のためなら遠慮のうお使いやす。むかし正成ハンも、なんぞ隠されたそうどすえ。アメリカきても、いいしまへん」

まったくありがたかったが、大楠公が登場したのにはいささかおどろいた。
建武六百年のむかしをたんたんときのうの出来事のように語るこの老尼に、日本の悠久を感じ、"日本いまだ亡びず"と、敗戦に虚脱になった自分が、これほどはずかしく思ったことはなかった。
ドブンドブンと十本のドラム缶が姿をけすのに五分と要しなかった。その後四十数年、このドラム缶は浮上していない。よほど、この池は底なし池であるのだろう。
(同書   P69〜P70)

「なにっ、まだあったのか?」
(中略)
「何本くらいあるんかっ?」
「十本くらいです。どうしましょうか?」
「佐鳴湖に投げこんでしまえ!」
とはいったが、三方飛から佐鳴湖まで、片道十キロ以上はある。・・・・そこで夜になって十本の黄剤ドラム缶をトラックに積みこんで、ひそかに音を殺して輸送し、トラックごと湖底に沈めてしまったのである。
(同書   P72)
******************************


こういう事実があるので、「日本としてはすべて占領軍に引き渡した」という主張が出来ないのですよ。
http://www.env.go.jp/chemi/report/h15-02/017.pdf
http://www.env.go.jp/chemi/report/h15-02/006.pdf

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